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クロスボーダー案件で日本人弁護士が関与できる余地はかなりあります

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河浪潤先生

弁護士 北浜法律事務所・外国法共同事業
2011年 11月 予備試験合格
2012年 3月 大阪大学法学部法学科卒業 (首席)
2012年 9月 司法試験合格
2013年12月 司法研修所終了(第66期)、弁護士登録(大阪弁護士会)
2014年1月 北浜法律事務所入所
2016年5月~8月 ACCRALAW法律事務所(マニラオフィス)勤務(Visiting Attorney)
2020年5月 ハーバード大学ロースクール修了(LL.M.)
2021年10月 ニューヨーク州弁護士登録
2021年5月~2022年4月 Rajah & Tann 法律事務所(シンガポールオフィス)勤務
2024年1月 北浜法律事務所 パートナー就任
※先生の所属事務所等プロフィールは、2024年4月時点のものです。取材は2017年11月に実施し、記事についてはその後一部更新しています。

大平光代弁護士の生き方に感動

小学校5-6年生のときに、ベストセラーになった『だから、あなたも生きぬいて』(講談社)という大平光代弁護士が書かれた本を読み、大平さんの生き方に感動しました。その本では、大平さんが、中学生の時にいじめを受け自殺未遂を図ったが一命は取りとめたこと、その後極道の妻となり悪いことに手を染めたけれども、心機一転、司法試験に合格し弁護士となって活躍をする姿が描かれています。
大平さんの他の書籍等も読むなかで、子どもの頃にいじめに遭うなど辛い経験をしたからこそ、例えば少年事件では子どもに与えるインパクトの大きさなどが全く違うのだろうと思いました。自らのバックグラウンドや生き様、辛い経験さえも活かして困っている人の力になれる仕事ってすごくいいなと思い、漠然と弁護士という仕事に憧れを抱きました。

ビジネスローヤーとしてのキャリアを知る

大学2-3年生の時には、ハーバード流交渉術を本格的に学び、大学対抗のコンペティションに出場し、企業の代表や代理人として、模擬交渉と模擬仲裁をしました。その中で一度、偶然、伊藤塾の明日の法律家講座で視聴し憧れていた弁護士の方に審査員を担当していただき、企業法務の実務のことや本場ハーバードで交渉術を勉強されたお話も伺いました。
ビジネスローヤーとしてのキャリアを選ぶ場合でも、自分の全人格・全能力を総動員し人生をかけて打ち込める仕事であると確信し、弁護士になるという気持ちが固まりました。また、将来的には自分も留学に行こうと思いました。  

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大学時代には、勉強だけではなく、サークル活動やアルバイト・遊びも全力で

勉強も勉強以外のことも、大学生のうちに全力で取り組もうと決めていました。アルバイトは引越し、家庭教師、ホテルでのウェイターなどを、1年生から3年生までやっていました。バスケットボールとネゴシエーションのサークルの立ち上げにも関わりました。
交渉学のみならずベンチャー経営や法医学等、司法試験と全く関係ない科目の授業についても熱心に取り組んでいましたし、サークル活動もアルバイトも遊びも思い残すことなく満喫できたのは、伊藤塾で効率的な勉強を早くから始められたことが大きな要因であると思います。

幅広い経験ができることと風通しのよさから、現在の事務所を選ぶ

自分がどのような分野でやっていきたいか明確に決まっていなかったので、様々な案件を経験できる弁護士事務所に入りたいと思いました。東京や地元の大阪で就職活動をし、その中でサマークラークに参加したり、いろいろな先生方とお話をさせていただきました。
今の事務所は、大人数のチームで対応する大きい事件から小さい事件まで、また、幅広い分野の企業法務だけでなく一般民事や新しい分野についても、やりたいという気持ちがあれば比較的自由に取り組むことができ、自分に合っているなと思いました。
また、1年目から積極的に目上の弁護士に対してでも意見を言うことがむしろ奨励されているようなところもありますし、机の大きさはパートナーとアソシエイトで変わることはなく、個室もなくフラットな環境です。このように風通しがすごくよかったこともあり、最終的に今の事務所を選びました。

周りの弁護士たちの手助けによりピンチを脱したことも

まだ1年目の時に、案件の対応にも時間がかかってしまう上に、案件がたまたま複数重なってしまって、すごく忙しい時期がありました。その時は、依頼者に迷惑をかけるわけにもいかず、体力的にも精神的にもピンチでした。ただそのような状態もずっと続くわけでなく、周りの弁護士たちが私の状態を察してくれて手助けしてくれたので、それほど長い期間ピンチが続いたというわけではありませんでした。
若手の頃にはたくさんの失敗と反省を繰り返しましたが、次第に、やれることは前倒しで進め、締切に追われてバタバタするのではなく主体的に案件をマネジメントしていくスタイルをとれるようになりました。

依頼人が安心し、喜んでいただけることにやりがいを感じる

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私は、紛争解決とM&Aを中心に、国内外の幅広い企業法務や一般民事事件も扱ってきました。留学後は特に、国際仲裁、クロスボーダーM&A、国際商事取引、ビジネスと人権などのケースを多く担当するようになりました。
弁護士に相談をしに来る人は、一般民事であれ企業法務であれ、何かしらの悩みを抱えています。その悩みを解消してあげられた際、依頼者がホッとした表情をされるのを見ることが私としては嬉しいですし、最終的に仕事をクロージングした時、私に依頼してくださった方が喜んでいただけることにやりがいを感じます。

ライフワークとしての、社会課題の解決に取り組む企業のサポート

事業規模を問わず、社会課題の解決に取り組む企業の持続的な利益創出を、法的にサポートすることをライフワークとしています。
日本での司法試験の受験が終わった直後から、伊藤塾の中国スタディーツアーに参加させていただいた他、アジア諸国を中心に旅をして、現地の人と話をするなかで、それぞれの文化の素晴らしい部分とともに、それぞれの地域や、相対的に日本についても、抱えている課題が何となく見えてきました。弁護士になった後も、例えば、南アフリカやケニアなどで貧困層が住むスラムを訪れて実際の様子を自分の目で見て現地の人と会話をし、現地で持続的に利益を出しながら貧困問題などの解決に取り組んでいる企業やNGOなどの方々とも意見交換をしてきました。
もともとは、社会のサステナビリティにつながる企業や団体の活動をプロボノ的にサポートしていましたが、特に今日の世の中においては、社会のサステナビリティにつながる事業活動は、その企業自体の持続的な成長にも、より結びつきやすいと感じています。
企業が長期利益を出し続けるためには、形だけではなく中身を伴ったSDGs(持続可能な開発目標)・ESG(環境・社会・ガバナンス)対応をすることが必須であると考えており、様々な企業のサステナビリティ対応のサポートをしていますが、近年は、特に企業が人権を尊重した経営をするためのサポートを多く行っています。

企業法務のなかで「人権」を扱う

伊藤塾で憲法を学ぶにつれて、人権の大切さをひしひしと感じ、受験勉強に直接関わりのない範囲でも人権の勉強を好きでやっていました。
弁護士になってからも、企業法務のなかで人権を正面から扱える分野がないかとアンテナを貼っていたところ、弁護士1年目(2014年)に、海外の国際会議で「ビジネスと人権」に関する最先端の議論に触れて刺激され、また、以前からこの分野の研究をしておられた菅原絵美教授の研修を受ける機会があり、将来的にニーズが高まるだろうと思い、継続的に勉強をしていこうと思うようになりました。
そのころは日本ではまだ企業が弁護士に人権に関する相談をするということがほとんどなかったように思いますが、米国留学中にも知見を深め、シンガポールの最大手法律事務所でサステナビリティ対応の実務も学んで私が日本での実務に復帰した2022年に、日本政府が「責任あるサプライチェーン等における人権尊重のためのガイドライン」を公表し、日本の実務でも、企業から人権に関する相談を受けることも多くなってきました。
企業が人権の尊重に取り組む本質的な目的は、企業側からみた目の前の経営リスクへの対応ではなく、被侵害者側からみた人権課題の予防や是正にありますが、この点については、企業の担当者でも誤解されているか腹落ちできていない方がまだまだ多いように思われます。世の中での人権侵害を防ぐとともに、人権尊重に取組む企業がステークホルダーから正当に評価され持続的に利益を出し続けることができるよう、「ビジネスと人権」に関する取組みは、今後も積極的に行っていこうと思います。

苦手な英語を継続的な努力で克服

大学時代から、将来的にハーバードに留学したいという強い気持ちがあったものの、海外に行ったことなどほぼなく、英語も苦手でした。ですので、人一倍努力するしかないと思い、司法試験受験直後から、オンライン英会話を始め、合格発表前にイギリスに短期の語学留学に行ったり、海外をあちこち旅するなどもしました。
当初は、言いたいことをまったく言えずもどかしい思いをすることばかりでしたが、司法修習中も含め毎朝継続的に続けていたことに加え、働き始めてからも、起床直後や休日などに継続的に英語の勉強をする習慣を持ち続けられたことで、なんとか希望するロースクールに留学することができました。

留学中の英語面での苦労

ハーバード・ロースクールに来ている留学生の多くは、幼少期から英語での教育を受けているからかネイティブレベルの英語力があるように思いました。またほぼ全ての授業をアメリカ人の学生と一緒に受けることになるため、教授や学生らと難解なトピックについて議論することは非常にチャレンジングでした。留学初期は教室の中で自分一人だけが取り残されているように感じ、絶望のどん底に陥った気持ちにすらなりました。
しかし、日本で生まれ育った私が流暢な英語で話すことは必ずしも求められていないと割り切り、格好つけずに自分の意見がクリアに伝わるよう意識を変えました。例えば、複雑な論点の説明が必要となる模擬交渉では、どのように工夫すれば相手にわかりやすく伝わるかを考えて事前に徹底的に準備し、相手の言うことに疑問があればわかったふりをせずに聞き直すようにしていました。その結果として、きれいな発音の英語でペラペラと話せるようになったわけではありませんが、留学の終盤頃には、きちんと準備をすればどのような議論でも対等に話をすることができるという自信を持つことができました。
また、授業外で友人達と会話をするときには準備のしようがないので、特に自分の知らない話題に関して早口で話されると完全には理解できないことも多々ありましたが、良い格好をするのは諦めて、汗を掻きながらも相手に誠実な関心を寄せ続けたことで文化の異なる友人らとも信頼関係を築くことができたように思います。

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各国の弁護士と憲法について議論

留学中、Noah Feldmanというトランプ大統領への弾劾等でも活躍していたハーバードの看板教授の憲法(表現の自由、集会の自由、信教の自由、政教分離に特化)の授業を受講しました。
アメリカに来てから肌で感じていましたが、アメリカで生活をするにあたって日本との大きな違いは人種と宗教の多様性だと思います。100以上の判例を古いものから最新のものまで読み込む中で、現代に続く人種差別やマイノリティ排除の根深さを感じました。また、フェイスブックや旧ツイッターがヘイトスピーチや政治広告をどれだけ制限するか等については当時実生活でも重要な論点となっていたところ、ソーシャルメディアプラットフォームの普及した現代における表現の自由の実務的な問題についても授業中にとことん掘り下げて質疑応答がされ、深く考える面白さを感じました。
また、留学中は、各国の弁護士と、自分の国の法制度についてカジュアルに話をすることもよくありました。人権を専門にしているクラスメートも多くおり、輪になって話をしているなかで、日本の憲法ではどうなっているのか話を振られたこともありました。
そのとき、伊藤塾長が憲法9条に関する講義の回で熱く語るなかで、「ビジネスローヤーになるから憲法は忘れて良いという発想では留学したときに相手にされない」と言っていたことは、ああ本当だったなと実感しました。

多様性の中で身を置く経験

ハーバート・ロースクールのLL..M.プログラムでは、多様性が重視され、61カ国から来た182名の学生で構成されていました。アゼルバイジャンやジンバブエ等、なかなか知り合うチャンスのない国の法律家とも仲良くなり、気軽に電話やメールでちょっとしたことを相談したりSNSで現地の状況を直接聞いたりできる仲間を世界中に持つことができるようになったのは、大きな財産であると思います。
また、19歳にして最高裁で弁論経験のあるブラジルの青年弁護士や、二人の子を一人で育てながら勉強や課題活動にも手を抜かないナイジェリアの女性弁護士がいたほか、人種や宗教、年齢が異なる学生ともフラットな友人関係を築くことができ、多様性の中でイノベーションを生み出し、互いの差異を尊重することの大切さを感じました。
現代の日本においても、育った環境や家族構成、世代等によって、個人の価値観は違うはずなので、同僚やクライアントの担当者一人ひとりが仕事上でのやりがいやそれぞれの幸せをどうすれば達成できるか、先入観を持たず相手方の立場から考える姿勢を持ち続けようと思うようになりました。

NY州司法試験で求められることも、日本の司法試験と同じ

LL.M.プログラムの後、多くの人が2~3ヶ月集中して勉強し、NY州司法試験を受けることとなります。
短答と論文が同様の配点であり、日本人は短答で稼いで論文で逃げるのが良いとは聞いていましたが、短期間に勉強しないといけない科目が多く、一発で合格するのは無理ではないかと当初は思いました。
もっとも、短答では、基礎の徹底的な理解が重要であり細かい知識はなくとも回答にたどり着くことは概ね可能であり、論文でも、やはり重要なのは暗記ではなく基礎の理解であり、問題提起→規範→あてはめ→結論という順に書くことが求められ、結局、試験で求められるリーガルマインドは、日本の司法試験と同様であると気づきました。そこで、勉強の方法も伊藤塾で勉強していた頃と全く同じスタイルをとりました。受験するまで内心不安ではあったものの、結果としては、意外にも短答よりも論文の方が若干点数も上回り、合格できてほっとしました。

伊藤塾長から教わったこと(1)「基礎から考える」「趣旨に遡って考える」

私が伊藤塾で勉強していた時、伊藤塾長が口を酸っぱくして「基礎から考える」「趣旨に遡って考える」ということを仰っていました。この考え方は、実務でも大事だと思います。実務では何か答えがある問題ばかりではなくて、答えのない問題にぶち当たることも多いです。その中で答えを探そうとすると正解に辿り着けないとき、もう一度原理原則に戻って考えることはとても大事だと思っています。伊藤塾で勉強をしたからこそ、今に活かせることかなと思います。

伊藤塾長から教わったこと(2)「合格後を考える」

また、伊藤塾長がよく「合格後を考えろ」と仰っていたのですが、それはとても大事なことです。受験生時代には、どのような弁護士になりたいかということもよく考えていましたし、5年後-10年後-20年後にどのような弁護士でありたいか自分は何をすべきかについて考える習慣を今でも持っています。
学生の頃に描いていた弁護士像と今の自分の姿は、結構違いますね。ただ、その違いは決して悪いことではなくて、時代ごとに弁護士に求められるニーズも異なりますし、むしろ私の中では、日々軌道修正するのが大事だと思っています。いろいろな選択肢を考えたうえで、その都度自分が一番良いと思える道を選んだ結果として今があると思っています。そういう意味では、昔思い描いていた弁護士像よりもむしろ今の方がよいかなと思っています。

自分で道を切り拓いていけるような人が弁護士に向いている

弁護士の仕事は、必ずしも「こういった人でないとできない」というわけではないと思いますし、いろいろな個性を持った人が弁護士になった方がよいと思います。ただ、私の個人的な意見としては、主体性を持った人に弁護士になってもらいたいなと思います。特に法律事務所で働くとなると、ゆくゆくは自分自身が事務所外の人から事件を依頼されるようにならないといけませんから、大きい法律事務所であっても自分で身を立てなければならないという意識を持つことが必要です。単に上から言われたことをやるというような人ではなく、自分で道を切り拓いていけるような人が弁護士に向いているのではないかと思います。

強さと優しさを兼ね備えた人に、弁護士になってほしい

また、強さと優しさを兼ね備えた人が弁護士になってほしいなと思います。高圧的な相手であったり、反社会的勢力の人と対峙したりする場面も想定されますので、強く交渉ができ、体力的にもハードワークができるということが大事だと思います。時には、短絡的な思考を取ってしまいそうになる依頼者に対しても、依頼者の長期利益も考慮して、強く自分の信念に合ったことを言うことができる、そういう強さも大事だと思います。一方で、強いだけでなく、想像力を働かせながら本当に依頼者目線に立ってアドバイスをできる優しさも持ち合わせた人に弁護士になってもらいたいなと思います。

支えてくれている人達への感謝の気持ちを忘れずに、勉強してほしい

勉強するなかで辛いこととか結果が出ないこともあり、周りの人にはわからない苦しいこともたくさんあると思うのですが、苦労や努力したことは弁護士になってから必ず生きることだと思います。今どれだけ辛くても、結果が出ないなと思っても、効率的な勉強の進め方をしていれば必ず結果が出る日が来ます。勉強の方法についてはあれこれ悩んでいても生産的ではないので伊藤塾のメソッドを信じて、弁護士になった後のことを思い浮かべながら、自分を支えてくれている人達への感謝の気持ちを忘れずに、できれば楽しく、またワクワクしながら勉強してほしいなと思います。

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