テクニカルな知識や試験対策だけでなく伊藤塾で得たたくさんの「大切なもの」

岩瀬 大輔 氏(ライフネット生命保険株式会社 代表取締役社長兼COO)

はじめに
2004年夏、ハーバード・ビジネス・スクールにて学ぶため、ボストンにやってきました。これから2年間、世界中から集まった精鋭と肩を並べて、将来世の中を大きく動かせるような人材となるためのトレーニングを受けていくことになります。
思い起こせば、初めてここボストンの地を踏んだのは、今から7年前の春。伊藤塾の皆さんとともに、日弁連法務研究財団が主催した米国刑事司法制度視察団に参加し、刑事弁護の第一人者の先生方のなかに交じって、東海岸を訪れました。当時、私は大学4年生。前年に思いがけない「口述試験不合格」を経験し、受験勉強を続けつつ、設立2年目だった伊藤塾でスタッフとして働いていたさなかに参加した研修旅行でした。
4月のボストンは、長く厳しい冬からようやく目覚めようとする木や花が青々しく、力いっぱい枝や葉を伸ばそうとしており、まだ残る冬の肌寒さと、季節の変わり目とともに訪れようとする暖かい春の風が入り混じった空気が、心地よく感じられる季節です。豊かな緑のなかに煉瓦色の建造物が立ち並ぶケンブリッジの街並みは、私が幼少時代を過ごしたイングランドの街並みを彷彿させました。
研修旅行で私は刑事裁判を傍聴し、検察官や裁判官と議論し、奴隷解放などアメリカの自由の歴史を学び、ハーバード・ロースクールの授業に参加し、学生達と交流を深めたのでした。この一週間がきっかけとなり、将来は世界で通用するプロフェッショナルになりたいとの思いを持ち始めました。

伊藤塾で得たもの

振り返れば、このように前例がないキャリアパスを歩むなかで、私が伊藤塾で学んだこと、伊藤塾長から受けた影響は、私の確固たるバックボーンとなり、新しいチャレンジを支え続けてくれました。
私の大学生活は、伊藤塾長と伊藤塾とともに過ごした4年間でした。大学1、2年はアルバイトに行く電車の中で講義テープを文字通り浴びるように聴き、大学2年の後半に伊藤塾ができることを知ると、私は渋谷の伊藤塾東京校に走り、開校初日に択一マスター講座を申し込みました(おぼろげな記憶によれば、塾生番号84番)。それからは講義が終わるたびに長い列に並び、「生」伊藤塾長を質問攻めにして、すっかり顔を覚えてもらえるようになりました。
大学3年生の秋に口述試験不合格を経験した後は、伊藤塾長と扉ひとつ隔てた伊藤塾のオフィスで、スタッフとして講義テキストや答練作りに励むとともに、新しい企画を担当し、ゼミの講師も務めました。大学4年生の合格後は講師として本格的に教壇に立つようになり、卒業前にはアメリカ視察旅行を立ち上げました。
そんな中、伊藤塾で学び続けたことは、ひとえにテクニカルな法律の知識や司法試験の準備にとどまるのではなく、より深く、将来に大きな広がりを持つものでした。

・ 世の中の争点を複数の視点から見つめ、徹底してロジカルな議論を詰めていくこと。それぞれの見方の背景には相異なる世界観や哲学があり、本質的に重要なのは枝葉の議論ではなく、これらの世界観を理解し、受容することであること。
・ 複雑な事象を説き解いて人に分かりやすく説明し、影響を与え、心を動かしていくために必要なコミュニケーションスキルのあり方。
・ それぞれが持っている才能を、より恵まれない人のために活かしていけなければならないという、noblesse obligeの精神。
・ 青臭いまでに崇高な理念を信じ、大きな目標を追求し続け、それを実現するために、自分なりにできることを着実に進めていくことの大切さ。

いずれも1回や2回の講義で聴いたことではなく、多感な学生時代に、伊藤塾長から何年にも渡ってすり込まれてきた内容です。これらのことが、その後の自分の物事の考え方に大きな影響を与えないはずはありません。
伊藤塾でともに勉強してきた仲間は、今でも私にとって大きな財産です。仕事の上では、親身になって案件に臨んでくれる、優秀な弁護士が大勢いることほど頼もしいことはありません。買収交渉のテーブルの両側に、伊藤塾の仲間がいたこともありました。受験時代から苦労をともにした友人たちとのつながりは堅固であり、今でも昔話に花を咲かせながら、悩みを聞いてもらうことも少なくありません。これだけ多くの大切な友人を作ることができたのも、伊藤塾には伊藤塾長の理念に惹かれた魅力的な学生が多数集まっていたからだと思います。

これから法律家を目指す皆さんへ

21世紀の世界ほど、きっちりした法曹教育を受けたプロフェッショナルの活躍が期待される時代はありません。あらゆる場面で、皆さんの力が必要とされています。その活躍の場はひとえに国内の法曹界だけではなく、政府やグローバルな企業、国際機関、非営利団体、様々です。皆さんの可能性は無限です。その可能性に制約を設けることができるのは、「自分には無理」という思いこみや、新しいフロンティアを追い求めない怠惰だけです。とびっきり大きな夢を描いて、他の人には真似できない、自分らしい生き方を追いかけてください。伊藤塾で体験していくことは、その夢に向かって進んでいくのに向けた、大いなる一歩となることでしょう。

(2004年10月・記)

【プロフィール】 ■1976年埼玉県生まれ。
■1997年、東京大学法学部在学中に司法試験合格。
卒業後、ボストン・コンサルティング・グループ、インターネット・キャピタル・グループを経て、2001年12月、リップルウッド・ジャパン入社。同社のプライベート・エクイティ投資業務にかかわり、2003年6月からは投資先である旭テック株式会社(東証一部上場)の社外監査役を兼任。
■2004年8月より、ハーバード・ビジネス・スクールに留学。
■2006年、日本人としては14年ぶりとなる成績上位5%の優秀生(ベイカー・スカラー)として卒業
■2006年、ライフネット生命保険株式会社 取締役副社長
■2013年6月より、代表取締役社長兼COO

※2009年に伊藤真塾長との共著で『超凡思考』(Amazonサイトへ/幻冬舎) を著しています。