第19号 難民と気候変動
有馬 みき(東京大学 難民移民ドキュメンテーションセンター 特任研究員)
この夏、日本列島は記録的な暑さや豪雨に見舞われました。日本の気候が熱帯化していくのを感じ、改めて地球温暖化を意識した方もいることでしょう。実は難民研究の分野においても、地球温暖化等の気候変動の影響が議論されています。
難民条約第1条A(2)によると、難民とは「人種、宗教、国籍若しくは特定の社会的集団の構成員であること又は政治的意見を理由に迫害を受けるおそれがあるという十分に理由のある恐怖を有するために、国籍国の外にいる者」です。
したがって、干ばつや洪水、津波等、自然災害により故郷を逃れざるを得なくなった人は、たとえ国外に逃れたとしても難民条約上の難民の定義には該当しません
しかし、実際に自然災害が原因で移動を強いられる人は後を絶たず、国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)が発行する「世界難民白書」(2012年度版)によると、2050年までにこのような人々の数は2500万人から10億人に達するだろうと推計されています。
そうであれば、難民の数をはるかに凌ぐことになるでしょう。
たとえば、太平洋の島国であるツバルは、地球温暖化の影響で、海面上昇による水没が懸念される国です。
もし本当に水没の危機が迫れば、このような国では全国民が国外への移動を強いられることになります。
現在日本では、東日本大震災の影響により多くの人々がいまだに故郷に帰れない状況が続いていますが、内閣府によると、東海地震が発生した場合には、建物全 壊約26万棟、死者数約9200人等の被害想定がされており、多くの人々が自分の家を離れて避難せざるを得なくなると思われます。
安全に生きるために仕方なく故郷を離れざるを得ないという意味では、迫害を逃れるために移動せざるをえない難民も、自然災害等により移動を強いられる環境避難民も、その境遇は同じです。
自然災害や気候変動を理由に移動を強いられる人々について、難民の定義に該当しないからといって国際社会は何もしなくてよいのか、そのような人々の権利を守るための法的な枠組みが必要ではないか、といったことが議論されています。
既存の基準としては、国内避難民に関して、1998年に国連事務総長代理らによって策定された「国内避難民に関する指導原則」があります。
この原則では国内避難民を「武力紛争、一般化した暴力の状況、人権侵害もしくは自然もしくは人為的災害の影響の結果として、またはこれらの影響を避けるた め、自らの住居もしくは常居所地から逃れもしくは離れることを強いられまたは余儀なくされた者またはこれらの者の集団であって、国際的に承認された国境を 越えていないもの」と定義しており、自然災害の結果として発生する避難民も明らかに対象としています。
この原則は、あくまでも「原則」であり法的拘束力がないことや、国境を越えたものには適用されない点で限界がありますが、徐々にその重要性が認められてきています。
また、地域条約としては、1969年にアフリカ統一機構(OAU)が採択した「OAU難民条約」が、難民の定義を拡大しています。
OAU難民条約は、難民条約に規定されている前述の難民の定義に加えて「難民とはまた、外部からの侵略、占領、外国の支配、出身ないしは国籍国の一部ない しは全体において公的秩序を大きく乱す出来事のために出身ないしは国籍国の外に避難所を求めるために常居所地を去ることを余儀なくされた者」としていま す。
「公的秩序を大きく乱す出来事」に自然災害が含まれると解釈すれば、環境避難民も対象となる可能性があります。
環境避難民とその保護の必要性に関する認識は高まってきています。
環境避難民を直接対象とする国際的な法的保護の枠組みがいずれ確立されていくかもしれません。
一見何の関連性もないようにみえる難民と気候変動も、実は意外に近い関係にあるのです。
伊藤塾塾便り217号/HUMAN SECURITYニュース(第19号 2013年9月発行)より掲載