第24号 「難民認定制度に関する専門部会」をご存知ですか ?(1)-日本と難民の関わりの見直しが始まっています-

山本哲史 東京大学 東京大学寄付講座「難民移民(法学館)」事務局長 大学院総合文化研究科 特任准教授

みなさんは難民についてどのようなイメージをお持ちでしょうか。典型的には難民キャンプで急場を凌いでいる人々で、アジアやアフリカの比較的貧しい国々に存在している、という印象かもしれません。
そのような印象は、あながち現実からかけ離れたものでもなく、また差別的な先入観に支配された悪い印象だというほどでもないと言えるでしょう。
実際、国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)の発表する資料によりますと、2013 年中期の時点で、UNHCR が支援している様々な種類の避難民(条約に定めのある難民、国内避難民と呼ばれる人々、無国籍者、帰還民など)の総数約 3,900 万人のうち、アフリカに約 1,200 万人が、アジアに約 1,800 万人がいるとされるのに対し、ヨーロッパでは約 250 万人に過ぎないことになっています(UNHCR Mid-Year Trends 2013, p.17.)。
 難民流出も社会現象の一つですから、これに社会がどのように対応するのかが問われてきたわけです。
近代国家が各国それぞれの法の支配や法治主義によって成り立つのと同様に、国家群からなる国際社会は、国際法(慣習法と条約からなる実定法群)について も、二度の大戦の惨禍を経験してようやく、戦争の違法化と民族自決権の確立(植民地支配の違法化)、そして人権保障のための制度整備に取りかかったのでし た。
 
 こうしたなかでも難民保護については比較的早くから取り組まれており、1951 年には「難民の地位に関する条約」(難民条約)が採択されました。
難民条約はその前文において「...難民に対する庇護の付与が...国際的な広がり及び国際的な性格を有する...」と、国際問題としての位置づけを明示しています。
現在までに 140 カ国を越える国々が加入する多数国間条約として、難民の国際的保護における中核的な役割を果たしています。
日本が加入したのは1981 年のことです。
この条約には、1 条に「難民」の定義があり、2 条から 34 条にはその「難民」に該当する人の処遇(権利)に対応する締約国の義務が定めてあります。
 
 難民条約に定められた「難民」の権利は、一般的な外国人と比べて非常に恵まれたものである一方で、「難民」と認められる(難民認定される)ためには、厳しい難民認定審査を通過しなければならないことになります。
何をもってその厳しさを語るべきかにもよりますが、認定率(申請数のうち認定された数の割合)で見るならば、数字にはばらつきが目立ちます。
2013 年のトピックとしてはなんといってもシリア難民の苦境ということになるのですが、たとえば 2013 年の上半期には、シリアからの避難者のうち約 1 割に相当する人々(約 31,000 件)が避難先のリビアなど 92 カ国において難民認定申請を行っているとされ、そのうち 9 割以上が難民認定されているといいます(つまり認定率 90% 超)。
これに対して、同時期における、ロシアから避難した人々による他国での難民認定申請件数も、シリアに負けてはいません(約 28,000 件)。ただし、その認定率は 3 割以下であるとされています(前掲書 , p.10)。
 
 それでは日本ではどうでしょうか。2012 年の 1年間で審査した件数が 2,198 件、そのうち認定されたのはわずかに 5 件です(つまり認定率は 0.23%。ただし異議審はこの数字には入っていないため、2012 年の申請自体ではなく処理数を分母にしている。いずれにしても 1% を下回る)。
申請者の多くは、ミャンマー、トルコ、ネパールといった地理的に比較的近い諸国からやって来た人たちであり、シリアやロシアからの申請者とは異なるので単純比較はもちろんできませんが、結果的に難民認定が厳しいことだけは確かなようです。
 こうした数字が物語る現実は、冒頭に見た難民の印象論とはかけ離れた世界、ということになるでしょう。
端的に言えば、高度に法技術化された、事実認定と難民定義の法解釈をめぐる闘いが、各国で繰り広げられているのです。
難民キャンプで過ごす難民も現実なら、先進国で難民認定を求めて訴訟にまでもつれ込む難民もまた現実ということになります。
日本においては国内での難民保護ということになれば、この法技術化された世界が 100% です。
過去にはインドシナ難民がボートピープルとして日本に避難してきたことがありましたが、日本は四方を海に囲まれているため、法的な地位が定まらないまま大量に滞留する状況は、そもそも生まれにくいのです。
 日本は、難民条約上の義務を履行するための制度を、「出入国管理および難民認定法」(入管法または入管難民法などと略される)によって整備し実施しています。
そのうち、難民保護にかかる部分についての重要な改正が 2005 年に行われています。
この改正法の実際の運用から得た経験や各種の専門的知見を踏まえた見直しが、難民行政を所管する法務大臣の私的懇談会「出入国管理政策懇談会」のなかに「難民認定制度に関する専門部会」を設置する形で、昨年 11 月に始まっています。(次回へ続く)


 
伊藤塾塾便り222号/HUMAN SECURITYニュース(第24号 2014年2月発行)より掲載