第1号 成功する社会は、開かれた社会である Successful society is, open society
山本 哲史(東京大学特任准教授)
この短い言葉は、スティーブン・カースルズ教授のものです。英国オックスフォード大学で、難民や移民など、人の移動に関する研究をなさっています。彼には2009年3月2日に東京大学で開催されたシンポジウムで基調講演をお願いしました。彼が最後にこう言ったのを、私がいただきました。その直後、2009年5月から伊藤塾の支援を得て、東京大学に共同研究が展開され、翌2010年4月からは寄附講座として難民・移民にかかるテーマでの講義や研究が行われています。セミナーやシンポジウムなどは公開が原則ですので、どなたでもご参加頂けますし、伊藤塾の塾生の方に関心を持っていただけるとスタッフ一同特に喜びます。
ところで、「開かれた社会」とはなんでしょうか。似たようなことを言う人がいます。ジャック・アタリさんです。彼はいろんな顔を持っていますが、変わったところで言うと「予言屋」さんなのです。とはいえ、あなたの運命は…というような予言はしないみたいです。人類の近未来を、その歴史からズバリと予言。だったらフランスの三奇人ぐらいの評価でいい気もするのですが、この人の予言は当たることで有名。何が当たったのかは簡単にウェブで調べられます。そんな彼もまた「開かれた社会」につながる考え方を展開しています。そもそも人類はノマッドだった。定住生活を始めてからまだ1万年程度しか経っていない。要するにこれは足を生やした人間が、歩き回ることから始まるわけですから、人が行き来する社会こそ本来の姿、というわけです。スケールの大きな話ですね。
伊藤塾(東京校)のすぐそばの渋谷のスクランブル交差点は、世界でも有数の人ごみを作り出す交差点だそうで、毎日10万人ほどの人が行き交うとのこと。誰もいない時間帯というのは一年に5分間くらいだとか。東京の代表的な場所が無人になる瞬間を集めた写真集(中野正貴さんのTOKYO NOBODY)にもその瞬間が収められているので、見てみてください。で、そこには外国人も結構いると思うのですが、大多数は日本人で、これを見て安心する人もいるでしょうが、不安になるのは移民研究をしている人たち、ということになるでしょうか。私の専門は国際法で人の移動の中でも難民保護に関する研究を行っているのですが、私でさえも、これは外国人少ないな、と思いますね。私などは外国人とコミュニケーションをとるのがそれほど得意ではありません。有り体に言えば、田舎からやってきたおじさんなので、どちらかというと孤独を愛します。そんな私でさえ、不安だな、と。
外国人がいた方が良いかは皆さんに考えてもらうとして、日本に外国人が少ない理由ははっきりしています。日本の入国管理制度。日本には基本的に単純労働者は入れない、というのが日本の基本姿勢です。ですが、単純労働者が欲しいというのが本音の人たちもいます。いわゆる「ニューカマー」という言葉がありまして、これは「新たにきた人たち(new comer)」ということです。それまではいわゆる在日の方くらいしか、日本にはほとんど外国人がいなかった。だから「オールドカマー(old comer)」に対して「ニューカマー」。これも実は外国人というか、日系移民の子孫の方々で、いわゆる特別枠で日本への入国を許可されているわけです。単純労働と関係なく、生活者として。けれどこれは建前で、実際のところ、やはり労働者。
さて、移民という言葉が日本には馴染みませんが、これはおそらく多くの日本人が慎重で、責任感が強いからではないかと私は思います。私自身も、簡単に外国人なら誰でもどうぞ、という日本には反対です。もちろん、短期的な視野で経済的な理由のみの外国人政策や移民政策を論ずることにも違和感があります。しかしまずは考えなければ始まらない。学問を志す人が一番嫌う言葉に、思考停止(しこうていし)というのがあります。常識を疑わないこと、あたりまえのことをそのまま受け入れてしまうこと。常識にだって大きな役割がありますし、常識のない人間にはなりたくありません。ただ、常識さえも疑え、そして正しい常識ならば受け入れよ、違うならば行動を起こせ、それが学問の基本にあるとしたら、冒頭のカースルズ教授の言葉は、彼がそう考えた結果なのです。日本語に翻訳された本もありますので、アマゾンか何かで検索して読んでみてください。
伊藤塾塾便り199号/HUMAN SECURITYニュース(第1号 2012年3月発行)より掲載