第21号 「人間の安全保障」と「難民」 Human Security and Refugees

三浦純子 (東京大学 難民移民ドキュメンテーションセンター〈CDR学術支援職員〉)

今日の社会ではグローバル化が進むにしたがって、ヒト、モノ、サービスの国家間移動はますます盛んになり、政治・経済・文化・社会において国境の意味が相対的に低下しています。
なかでも人の移動については観光、出稼ぎ労働、移民、難民、国内避難民など、その形態によって様々な表現がされることがありますが、なかには難民であるか移民であるかを明確に区別することが難しい場合があります。
こうした状況をもって Mixed Migration(混合移民)と呼ばれることがあります。
 人の移動は複雑化しており、人間の安全保障委員会によれば「多くの人にとって、移動することはその過程で自らの『人間の安全保障』を損なう危険がある一方で、これを守り獲得するための死活的な手段」であるとされています。
つまり、人は人間の安全保障を守るために移動しますが、また移動の過程においてもそれが脅かされる可能性があるというのです。
 
 20 世紀後半に民族紛争や戦争が多発するなかで、ベトナム、クルド、ルワンダ、コソボ、アフガニスタンなど多くの地域から難民が流出しました。
2013 年の UNHCR 統計報告書(グローバル・トレンド)によると、現在においても、世界にはおよそ 1500 万人の難民がいるとされています。
最近では、シリア難民の状況が深刻化しており、隣国だけでは受け入れきれずに第三国への再定住枠の必要性が訴えられています。
また、イタリア南部ランペドゥーサ島沖においてアフリカ諸国からの難民を乗せた船の転覆事故が相次いでいること、オーストラリアへの密航を企てる難民船の問題が続いていること等、多くの人が命がけで移動している事実を見ることができます。
 
 人間の安全保障の提唱者の一人である緒方貞子氏は、1991 年から 10 年間、国連難民高等弁務官として従事した難民支援の現場から、この概念の必要性を訴えてきました。
難民を切り口に、人間の安全保障を考察することは有効であるといえるでしょう。
人間の安全保障の視座を取り入れることで、人の移動の管理を国家間の制限を超えて考えることができます。
人間の安全保障委員会では、人の移動に関して責任の分担や条約の実施、人権侵害からの人々の保護など、国際的な枠組みをつくることを提案しています。
さらに、難民のための方策については、難民保護を国家と UNHCR だけの責任にせず、難民自身や市民社会組織の責任でもあると指摘しています。
市民社会は、難民の教育と訓練の改善や雇用、保険医療の提供など難民の定住へ向けた支援を施すことが可能となります。
また、定住の時期には難民自身は自分たちのニーズを明確にすること、そして人材や資金を運営管理する責任があるとされています。
 「能力強化」と日本語訳されることが多い “ エンパワーメント ” は、人間の安全保障を考える上での重要なキーワードです。
基礎教育によって能力強化をすることで、支援者から一方的に“ 与えられる ” だけではなく、難民自身が物事を判断していく力をつけることができます。
難民はその脆弱性のゆえに、保護されるべき存在ではありますが、難民自身の生産能力を重視する事も必要であって、それでこそ難民が生活と尊厳を回復できるのではないでしょうか。
 
 さて、国際的な制度のもとで明確な権利と原則の恩恵を受けている難民に対して、国内避難民(IDPs:Internal Displaced Persons) に は それらが与えられていません。
彼らは国境を超えた移動を伴わないという点をもって、難民とは違って保護を受けることができないのです。
そこで 1996 年に国内避難民に関するガイドラインが策定され、避難民となった人々の保護、支援へのアクセス、帰還・再定住・再統合などの内容が定められました。
難民問題など人の移動だけではなく、従来の国家中心の見方を離れて人間の安全保障に注目することで、見えなかったものが見えてくる可能性もあるのではないでしょうか。


 
伊藤塾塾便り219号/HUMAN SECURITYニュース(第21号 2013年11月発行)より掲載