第22号 条約は生きている?

CDR特任研究員 有馬みき

難民条約は、a living instrument、すなわち生きている文書である、とよく言われます。
これはどういう意味でしょうか。
それは、難民条約の解釈は、社会の変化とともに発展していくものである、ということです。
皆さんご存知の通り、本年9月には、婚外子の相続差別規定について最高裁が違憲判決を出しましたが、この判決の中でも「時代の変遷」が考慮されています。
条約の解釈についても同様で、条約の趣旨目的を基本としつつ、社会の動きを反映した解釈をしていくべきものと考えられています。

 難民条約が採択されたのは1951年のことです。
当時は、第二次世界大戦中のナチスによるユダヤ人の迫害の記憶がまだ生々しい頃でした。
その後も、人権の分野では数々の条約が採択されてきました。
1965年には「人種差別撤廃条約」、1966年には「市民的及び政治的権利に関する国際人権規約」と「経済的、社会的及び文化的権利に関する国際人権規 約」が採択され、1979年には「女子差別撤廃条約」、1984年の「拷問等禁止条約」、1989年には「子どもの権利条約」が採択されました。
難民条約は人権を守るための諸条約のひとつと位置づけられるものであり、このような他の人権条約の進展を解釈に取り込んでいく必要があります。

 難民条約の難民の定義の中にある「迫害」概念の理解がその一例です。
難民条約が採択されて以来、世界各国で難民認定申請が行われていますが、今では、おそらく条約が作成された当時には想定されていなかっただろうと思われる問題が多々あります。
たとえば、ジェンダーに関連した迫害の問題です。
ある社会において女性のベール着用を強制することが迫害につながることもあれば、同性愛が非合法とされる社会において同性間の性行為に対して厳しい刑罰が課される場合に、その科刑が迫害に相当すると考えられるようになっています。
難民条約の定義上、難民に該当する要件としてジェンダーは特に言及されていませんが、その後の社会の認識に大きな進展が見られ、学術研究等も発展してきたことで、各国の判例や実践においてもジェンダーに配慮した解釈がなされるようになったのです。

 難民条約の解釈が発展していくのと同時に、各国の難民認定制度も進化を重ねています。近年大きな役割を果たすようになってきているのが、「補完的保護」という概念です。
補完的保護は、難民認定申請について判断する際に、難民条約に基づいて判断すると不認定となる場合でも、なお保護の必要性が認められる場合がある、という認識に基づいて進展してきました。
難民条約による保護を補完するもの、という意味で「補完的保護」と呼ばれています。
本年10月にCDR(難民移民ドキュメンテーションセンター)主催で実施したサマースクールでは、この「補完的保護」をテーマにしました。

 ヨーロッパ各国では、難民認定申請に対する判断を行う際に、難民として認定するか否かの判断だけでなく、各種人権条約を考慮して補完的保護を要するか否かの判断も同時に行う手続になっています。
日本でも、難民不認定処分を受ける場合でも人道的配慮に基づいて在留が許可されるケースがありますが、それは権利に基づくものというよりも、まだ恩恵的要素が強いように思います。
人道的配慮の判断について難民審査参与員が意見を付すことについても、事実上、一部の参与員によって行われているにすぎず、制度化されてはいません。

 いま、出入国管理及び難民認定法の改正に向けて、政府内で検討する動きが始まっています。
実際に法改正に至るまでにはまだ数年かかると思われますが、時代の変遷や国際社会の動きも十分考慮した上で、制度が改善されていくことを切に望みます


 
伊藤塾塾便り220号/HUMAN SECURITYニュース(第22号 2013年12月発行)より掲載