第26号 難民の出身国情報(COI)を調査報告するという社会貢献

山本哲史 東京大学 東京大学寄付講座「難民移民(法学館)」事務局長 大学院総合文化研究科 特任准教授

先日、2013年(平成25年)における難民認定者数等が法務省によって発表されました。
この数字は毎年2月に発表されるのが慣例でしたが、近年は申請件数の増加に伴う法務省の業務過多からか、3月の発表となることが多いようです。
申請件数は3,260件(前年比28%増)、不認定処分に対する異議申立件数は2,408件(前年比39%増)と、いずれも大きな伸びを示しています。
これらは昨年申請があった件数ですが、実際に処理が行われたのは難民認定申請のうち2,642件と、異議申立のうち1,135件の、計3,777件となります。
これらのうち、2013年の1年間における難民認定数はわずかに6件(うち3件は異議申立段階における認定)と、ごく少数にとどまっています。
認定率でいえば、0.16%です。なお、難民とは認められていないものの、151件については人道配慮に基づく在留特別許可が与えられています。

 前回も触れましたが、0.16%という認定率をどう捉えるかについては、さまざまな考え方があるでしょう。
本来認定されるべき人が、判断権者に十分な心証を与えることができずに不認定となっていることも考えられます。
というのも、難民の定義の中核をなすとされる「迫害」は、常識的に考えて、公式文書や政策に明示されずに行われることが少なくないにもかかわらず、難民認 定審査の立証責任は申請者にあるため、難民に該当する事実はあるのかもしれないけれども、その立証が困難であるため認定に至らない、というケースも少なか らず存在すると思うのです。
 
 また、このようにごくわずかな認定数のために、年間3,000件を超える審査が一件ごと丁寧に行われているとしたら無駄ではないか、という意見もあるかもしれません。
審査には法務省入国管理局の職員が動員されて、書類作成、資料調査、翻訳、分析と、手間と時間のかかる作業が続きます。
異議申立段階においては、さらに1件につき3名の難民審査参与員(外部の有識者から指名される)が配置されて、膨大な資料を通読したうえ、各自さらに追加 的に資料調査など行い、そして審尋を実施し、最終的に協議を経て、意見を法務大臣に対して述べる、というプロセスになっています。
難民認定申請者の数は、年度の当初にある程度予想されているとしても、その予想を大幅に上回るような場合(近年、まさにそのような状況にあります)には、 予算不足、人員不足から、結果的に、審査期間が長引く、より正確に言うと、審査されるのを待っている期間が長引く、ということになるわけです。
 
 法務省は、申請に対する一次審査の結果を6ヶ月以内に下すという目標を設定し、これについては達成しているようですが、異義申立以降や、複数回申請(不 認定確定後に再度、再々度と繰り返す申請)については明確な対策や処理目標を設定していません。仮に、真正な難民が何年も認定を待ち続けるということがあ るなら、その期間は難民条約上保障される権利を行使できないことになるという法的な問題も無視できなくなってしまいます。
 
 もちろん、このような不都合をできるだけ減らせるように、難民認定を所管する法務省は、上記のように申請について調査を始めとする努力を行っているわけです。
この調査は、申請者の言っていることが本当であるかをある程度裏づけることができるような情報を集めようとするものです。
ときには、本人の主張が一般的に知られている事実と異なる、という形で矛盾が暴露される場合もあります。
いずれにしても、この調査は、法務省でなければできない、という種類のものではありません。
これは極めて重要な点です。もちろん申請者の個人情報や行政上の機密は確保するとしても、ある国や地域の一般的情勢や、各種の地域研究を前提とする政治・ 経済・文化などについての情報(迫害の事実を裏づけるような情報)を収集することは、審査にかかわる者の立場によらず、能力次第で実施が可能なのです。
この点に着目し、東京大学CDR(難民移民ドキュメンテーションセンター)では、難民の出身国情報(Country of Origin Information, 一般にCOIと呼ばれる)に関する質問(クエリと呼ばれる)に対してレポートを作成して回答するサービス(「COIクエリ」サービス)を展開しています。
これは、難民審査参与員をはじめとする、出身国情報を必要としている人に対して、CDRが第三者的な立場から提供するという意義をもっています。
約1年という試行期間のなかでは、反省点もありながら、総じて好評を頂きました。
そして窓口担当者を配置し、いよいよその活動の規模拡大や利用制度の精緻化を目指して本格始動しようとしています。
 
 さてこの度、われわれCDRによる『出身国情報の調査』邦訳版が発刊されることになりました。
これは、CDRと同様にCOIクエリサービスをウィーンで提供しているオーストリア赤十字社が昨年末に発刊したばかりの、COI調査マニュアル (Researching Country of Origin Information: Training Manual)を、彼らの許可を得て邦訳したものです。
 
 これまでのCDRによるCOIクエリサービスの試行段階においては、申請者の代理人を務める弁護士の方や、難民審査参与員の方などからCOIクエリを受 け付け、そしてその調査には、民間会社の社員有志も含めた様々な立場の人が参加する仕組みを整えて、最終的にCDRのスタッフが追加調査を実施しつつ品質 管理を行ってきました。
このように民間会社を巻き込んでCOIクエリサービスを展開するということは、世界でも他に類がなく、国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)のジュネーヴ本部スタッフからも高い評価を得ています。
一方で、調査方法やレポート作成方法などについて、品質管理の拠り所となる指針が欲しいと考えていたところ、ウィーン赤十字社のマニュアルを邦訳出版するという機会を得たわけです。
 
 今後、東京大学CDRのCOIクエリサービスは、この『出身国情報の調査』マニュアルを軸に適宜研修も実施しながら、難民保護に貢献したいという民間の 力を行政に結びつけられるよう、また一方では、認定権者から距離を置いた中立の情報源として、難民保護のインターフェースとなることを目指して展開してゆ きます。
COIクエリ調査の内容は、実のところ、学術研究の調査手法と類似しており、様々な場面でも役立つものと理解しています。
社会貢献と自分自身のトレーニングを兼ねることもできる、魅力的なプロジェクトにしてゆくため、様々な工夫を考えています。
 
 各種イベント開催の際は、この塾便りで告知させていただくほか、東京大学CDRのウェブサイトでも情報を逐次公開してゆく予定です。ご関心をお持ちの方からのご参加・ご連絡をお待ちしております。


 
伊藤塾塾便り224号/HUMAN SECURITYニュース(第26号 2014年4月発行)より掲載