第33号 難民法の実務や研究を知ることの意味

山本 哲史 東京大学特任准教授/寄付講座「難民移民(法学館)」事務局長

私たち東京大学では、丸6年にもわたる伊藤塾(株式会社法学館)からのご支援のもと、難民問題に関して研究と教育を展開して参りました。
おかげさまで想定以上の成果を生むことができ、継続を望む強い声をもいただいております(寄付講座は2015年3月末での終了予定)。
その集大成とも言えるイベントが11月21日(金)および22日(土)の両日、国際シンポジウムという形で盛大に催されます。
一定要件を満たした修了者には、世界の難民保護に携わる第一線の法曹集団であるIARLJ(難民法裁判官国際会議)が発行する参加証が授与されます。
ところで東京大学が伊藤塾から難民研究にご支援を頂けた理由はどこにあったのでしょうか。
一つには弱者目線を大切にする、という伊藤塾の精神だと私は考えています。
社会には必ず弱者がいます。
法は全体に奉仕するためのものであり、近代憲法は弱者を含めて,人を個として尊重することを前提としています。
法のマニピュレーターとなる将来の法曹や公務員を多く輩出する伊藤塾では、難民という弱者に社会全体への問題意識を重ねているのだと理解しています。
 
 もう一つには、仕事です。
仕事には、(他者から)与えられる仕事と、(自分から)つかみ取る仕事があるように思います。
前者は、少しでも良い待遇を手にするために、新卒の大学生などが競い合って手に入れようとするものです。
そこには勝者と敗者がいます。
しかし、いずれが勝者かは,簡単には判定できません。
というのも、与えられる仕事というのは、見方を変えれば「させられている」仕事でもあるからです。
 
 そして問題は後者です。
つかみ取る仕事、つかみ合いになってから奪い取るよりも、もっと輝ける仕事のつかみ方、それは、まだだれも気付かない仕事、自分の存在価値を見いだせる仕事を発見し、あるいは開拓することではないでしょうか。
私が知る難民支援団体では,極めて異色の、第一線の金融マンが事務局長として就任したそうです。
その方は哀れみの施しで人助けをするのではなく、投資によって持続可能な仕事を作り出そうとしています。
難民とビジネスを結びつけるというその発想と行動こそ、つかみ取る仕事の一例として挙げたいと思います。
伊藤塾は、難民を知ることで、常識を打破する開拓精神を塾生の皆様に伝えようとしているのではないかと思うのです。
 
 つい先日、米国出張に行ってきました。
NYの国連本部、ワシントンDCの世界銀行、ボストンのハーバードロースクールなど、イベントや訪問先が目白押しの超過密スケジュールでしたが、お会いする方は皆一様に、活き活きとしていました。
特にハーバードロースクールではリーガルクリニックが多彩に催されており、企業や各種の助成を巧みに織りまぜながら、社会との接点を持ち、ロースクールとしての存在価値を見出そうとしているように思えました。
ちなみにハーバードの学生の睡眠時間は平均して3時間だそうです。
勉強はもちろん、それ以上の何かをつかもうとしているのでしょう。
 
 我々東京大学は,研究成果を少しでも塾生の皆様に還元できればと願っております。
世界で困難な問題に取り組む一級の法曹実務家と議論できるこの機会に、是非とも足を運んでいただければ幸いです。
皆様の知的好奇心を刺激し,価値観を揺さぶるような貴重な経験ができることをお約束いたします。


 
伊藤塾塾便り231号/HUMAN SECURITYニュース(第33号 2014年11月発行)より掲載