第39号 「未曾有の危機」を知る

山本 哲史 神奈川大学法学研究所客員研究員 東京大学寄附講座「難民移民(法学館)」前事務局長

毎年6月20日は「世界難民の日(WorldRefugeeDay)」です。
国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)がこの日に合わせて発表した数字によると、住む家を追われた人の数は世界全体で6,000万人に及ぶということです。
この数は史上最大のものであり、今なお増え続けています。
想像に難くないのは、シリア難民が大きな割合を占めているということです。
ISISによる一連の問題によって、現在までに400万人近い人々がシリアを離れたと言われています。
(数字はいずれも本稿執筆時のもの。出典はUNHCR「シリア難民への地域毎の組織間情報共有サイトhttp://data.unhcr.org/syrianrefugees/regional.php ●情報発信の格差
シリアの窮状については日本の報道でも扱われることが多いですが、それでも情報は十分ではありません。
難民に関する活動をおそらく最も包括的かつ積極的に行っているUNHCRは、難民の窮状を訴えるのと同時に、活動に必要な予算要求を世界に対して発信しています。
予算獲得の力の入れ具合によって、情報の発信の仕方も変わってきます。
これまでよく言われたことの一つに、こうした予算要求やそのための情報発信には地域格差があり、重視されている地域とそうでない地域がはっきりしている、ということがありました。
たとえばミャンマーとバングラデシュの国境周辺に集住するロヒンギャ難民の窮状が最近まではそれほど注目されてこなかった一方、地中海を小舟でヨーロッパ へと渡って庇護を求める人々(いわゆるボートピープル)の問題が大きく注目され続けていることは、ヨーロッパ偏重とされる状況を反映している面もありま す。
悪意はないとしても、情報に偏りはつきものです。
●ボートピープルの移動の背景
なお、2014年の1年間にヨーロッパ全体で庇護を求めた人の数は約65万人と言われますが、そのうち約35%を占める22万人もの人々はボートピープルであったと言われています。
不幸な転覆事故なども起きているわけですが、人々が命を海上で危険に晒しながらも移動を試みる背景には、強い動機があるわけです。
とはいえ、ボートピープルにはリビアやシリアにおける紛争や政権の転覆を原因とする難民が多く含まれていると考えられていると考えられている一方で、不法 就労を主たる目的とする人々や、人身取引のような形で北アフリカからヨーロッパへの人の流入を斡旋するブローカーの暗躍も徐々に明るみに出てきています。
つまり危険を顧みない移動の動機は、必ずしも紛争などの直接的な命の危険だけではないようです。
●正しく状況を判断するために
比較的恵まれた日本に住む我々には想像し難いことではありますが、経済的な動機もまた、時には命を危険に晒させることになります。
こうしたことを表す情報に接したとしても、常識や固定観念に縛られていたのでは状況が見えてきません。
情報を元に、自分なりにその起きていることのメカニズムを分析し、物事を把握することが重要です。
そのためには直接的な情報だけでなく、周辺情報も必要となってきます。
●第一歩は「知ろうとすること」
例年、6月20日には様々なイベントが世界各地で催されています。
また、UNHCRは女優のアンジェリーナ・ジョリーを特使(SpecialEnvoy)として登用するなど、世界に難民の窮状を訴えるべく工夫しています。
これらの取組の根底には、難民の問題が国際社会の関心を呼ばない限りは解決に近づかないという意識があることは言うまでもありません。
まず知るということがあって、意識の高まりがあって、人々の行動があるということは、万事に通じることなのだろうと思います。
知ろうとすること、知ることから物事は始まります。


 
伊藤塾塾便り239号/HUMAN SECURITYニュース(第39号 2015年7月発行)より掲載