プロジェクト発足について

こんにちは、Vitalie Ciubotaru(チュボタル・ヴィタリエ)です。ウクライナ語、ロシア語、英語、日本語、ルーマニア語を話します。伊藤塾で、ウクライナ避難民支援プロジェクトを担当している社員です。2012年に入社して14年目になります。
 
2022年224日にロシアがウクライナへの軍事侵攻を開始してから、2年以上が経過しました。ロシアによるウクライナへの軍事侵攻は、力による一方的な現状変更の試みであり、国連憲章第24項に違反する行為です。かような国際法違反の暴挙によって、自らの命や愛する人の生命が脅かされ、何百万人もの市民が故郷を離れざる得ませんでした。私たち法学館/伊藤塾は、「社会の幸せの総量を増やす」ことを企業理念としており、開戦当初からウクライナ避難民支援に積極的に取り組んでいます。

なぜ避難民支援に取り組むようになったか

2022年3月に入ると、日本政府はウクライナ避難民に避難所を提供すると発表し、3月初旬以降、最初の避難民が日本に到着し始めました。当時すでに国内にある多くの個人や団体が避難民支援を表明していましたが、私たちだからこそできる支援があるのではないか、他国への避難を余儀なくされた人々を、どのように支援することができるのか考え始めました。

伊藤塾は、法律系資格の受験指導を行っており、すべての講師は実務家として活躍する法律の専門家です。そのため、私たちがまず提供できる主な支援は、さまざまな行政手続き(ビザの取得や延長・役場での住民登録・自治体手続き・銀行口座の開設など)における法的サポートだろうと考えました。

さらに法学館/伊藤塾は、日本の大学進学等を目指す留学生を主な対象とする桜丘国際日本語学校を運営しています。講師は、皆日本語を知らずに日本で生活することがいかに困難なのか、その難しさをよく理解しています。 そのため、多くの講師が、授業の空き時間を利用して、ウクライナ避難民に日本語の基礎を教えるボランティアに応募してくれました。 学校も、ウクライナ避難民への授業や相談を行うために教室を無償提供してくれました。
 
このように支援のために、我々に何ができるのかを検討し、ひとつずつ実行していったのです。
 

さまざまな支援のかたち

2022年3月末から、来日を予定しているウクライナ人からの問い合わせが本格化し、たくさん問合せをいただくようになりました。最初のうちは、メールや電話、メッセンジャーなどで個別に質問に答え、アドバイスを伝えるだけでしたが、20224月末からは、日本語指導、個人カウンセリング、通訳・翻訳のお手伝い、書類記入のお手伝いなどを本格的に開始しました。
 
2022年6月ごろになると、多くの避難民が日本にやってくるようになりましたが、本当にさまざまな状況の方がいらっしゃいました。例えば、日本人と結婚して長年日本に住んでいたウクライナ人女性が、開戦後に両親や兄弟を日本に呼び寄せるというのは、よくあるパターンです。 また、ウクライナにいながら、日本文化(茶道、剣道、盆栽など)に積極的に興味を持ち、日本人の先生から日本へ避難するよう誘われたり、中には身元保証人を引き受けた方もいます。 日本語学校、日本の企業、一般市民(ネット上の仕事仲間など)が身元保証人となるケースも非常に多かったです。
 
避難民の中には、親戚や友人もなく、勉強や仕事をする場所もなく、日本語や日本での生活についての知識もない状態で避難してきたケースが少なくありません。幸いにも、自分はモルドバ出身で言語の壁は存在しませんでしたので、異国で困難に直面して途方にくれている避難民の不安に寄り添い、一人ひとりの状況に応じた支援活動を進めていきました。
 
2022年の夏ごろには、日本語指導を希望する人数が定員を超え、教室に生徒が入りきれなくなったため、授業をライブからオンラインに変更しました。 これにより、福岡、大阪、宮城などに住んでいてライブ授業に参加できなかった方にも授業を提供できるようになりました。20224月から202410月までの2年半の間に、個人・グループ合わせて数百の日本語授業を実施し、これまで日本語の指導を受けた避難民は49人に及びます。
 
そして日本での慣れない生活のため様々な困難に直面している人たちから、何百通もの相談メールが届き、オンラインや対面でカウンセリングを実施しました。フェイスブックの在日ウクライナ人専用のグループで寄せられた質問に対しても、数百件にも及ぶ回答を行っています。
 
日本での生活を安定させるためには経済的な安定が欠かせません。伊藤塾/法学館では、東南アジアからの留学生や難民の方の経済的自立を支援するため、雇用支援の場としてベトナム料理店である「ハノイのホイさん」を運営しています。そこで、ウクライナ避難民の方をスタッフとして採用することも行いました。毎日のように爆撃を受けていたオデッサ市出身の方もその一人で、店のキッチンで働きながら、日本語も上達していき、しばらくすると自分で注文を受けたりできるようになりました。その他日本で就職する際に必要な履歴書の書き方や採用面接のアドバイスなども行いました。要望されたため、模擬面接を行ったこともあります。

すべての避難民が直面する最大の問題は、言葉の壁です。この壁を乗り越えるために、私たちは通訳や翻訳のサポートを行っています。 例えば、入国管理局、役場、都営住宅(JKK)サポートセンター、ハローワーク、年金事務所などに同行します。 そこで手続きの説明や書類の記入を手伝います。

情報支援も行っています。 避難民が知らない有益な情報はたくさんあります。避難民向けのイベントの主催者は、避難民にどうやって知らせば良いのかわからないこともあるからです。そのため、伊藤塾が避難民の情報センターとして、避難民にとって有益を思われる情報を避難民間で共有できるようにしたりしています。例えば、入管法の改正に関する情報、無料住宅に関する情報、ウクライナ避難民のための大学留学に関する情報などの様々な情報を避難民間のネットワークを活用し情報を共有したりしました。
 
以上のような法的、言語的、金銭的、情報的な支援に加え、心理的な支援も非常に重要です。 例えば、全国心理業連合会の「ウクライナ交流センターひまわり」と協力し、ウクライナ難民のためのイベントを開催するお手伝いをしています。

避難民からの反応

これまで避難民の方々から、感謝のお手紙やメッセージを数多くいただきました。日本語指導のおかげで日本での就職が決まり、職場で上司や同僚と日本語でコミュニケーションがとれるようになった、カウンセリングのおかげでビザの延長ができた、補助的保護資格を得ることができた、公営住宅を得ることができたなど、さまざまです。

一方で残念ながら、良くない連絡を受け取ることもあります。その理由は実にさまざまで、例えば、長い間仕事を探していたが、自分のスキルや経験を活かせる場所が見つからなかったというものや、日本人の身元保証人との確執が原因でウクライナに帰国したケースも知られています。日本での生活は厳し過ぎて、「あきらめた!ウクライナに帰る!」という人もいます。そのような報告に触れると担当者として、とても悲しくなります。

担当者としての想い

戦争が始まった後、私(ヴィタリエ)はウクライナに行き、戦争状態にある国を自分の目で見る機会がありました。 幸いなことに、そのときはロシアによる空爆はなく、爆発や破壊、人の死を目にすることはありませんでした。 しかし、多くのウクライナ人は毎日、空襲警報のサイレンを日常的に聞いています。ミサイルやドローンが毎日頭上に飛んでくるため、音の特徴によって何が飛んでいるのか、爆弾なのか、ドローンなのか、超音速ミサイルなのかを識別する術を身につけているようです。
 
店や公共交通機関、バス停などではウクライナ人同士の会話をよく耳にしました。徴兵前の健康診断のために病院に行く、荷物をまとめて入隊センターに行く、友人がすでに前線にいる、友だちが亡くなった……、この様な会話ばかりです。 このように、開戦から2年以上経過した現在では、戦争は既に日常生活の一部になっているのです。
 
ウクライナは日本からとても遠く、一般の日本人はウクライナのことをニュースでしか知りません。そこで、ウクライナの現状を理解してもらうために、避難民支援のためのイベントや講演会に通訳として参加し、戦争や避難民の様子、現地の困難な状況について情報を発信するお手伝いもしています。例えば、2022年の古川学園高校での講演会では、避難民の方がゲストとして参加し、ウクライナ文化、来日前に経験した戦争の悲惨さについて通訳する機会がありました。高校生たちからは、ウクライナや日本での避難者の状況について多くの質問が寄せられ、現実の戦争の実態について伝えることができたのではないかと思います。

本人にとって安心して生活できる国が見つかったという理由ならいいのですが、そうでなかった場合、さらなる困難に直面する可能性も否定できません。わが国では、多くのウクライナ避難民向けの日本語教育制度、経済的支援制度が設けられるようになりましたが、伊藤塾には依然としてさまざまな相談が寄せられています。ウクライナでの戦争も停戦の気配はなく、今後求められる支援のかたちも変化していくでしょう。避難民からの声を汲み取り、必要な支援とは何かを考え、伊藤塾ならではの支援を継続していきたいと思っています。