第151号 『貧困と戦争』

肺結核で療養していた朝日茂さんが、医療扶助と生活扶助をカットされたことを争って国を相手に裁判を起こしたのは1957年でした(朝日訴訟)。当時の時代背景をみると、日米相互防衛援助協定や自衛隊の創設などで再軍備の動きが
強められていく最中であり、安保条約の合憲性が争われた砂川事件判決も1959年に出ています。こうした中で、政府は適正化の名目で生活保護の新規適用中止などを行い、社会保障費の増大を抑えようとしていたのです。
この訴訟は「人間裁判」と呼ばれました。人が人間らしく生きること、つまり人間の尊厳の実現をめざした裁判でした。この国では50年前から再軍備に時期を合わせて生じる貧困、人間性の否定が問題になっていたのです。
今の日本は、OECD諸国の中で、平均所得に満たない人々の比率(相対的貧困率)が米国に次いで2位、餓死する人が年に約80人、若者の2人に1人が非正規雇用、年収200万円以下が1000万人を突破するという状況で、貧困が社会問題となる時代になってしまいました。
この貧困は、けっして自己責任の結果ではなく、経済的弱者を犠牲にして強者をより豊かにする政府の一連の政策によって創り出されたものです。福祉主義を掲げた憲法の下で、憲法の理念とはまったく逆の政策が行われた結果に他なりません。
他方で、道路建設を巡る無駄遣いを始めとした官僚の体質、そして防衛省の情報隠蔽や利権との癒着などの様々な問題が明るみになるにつれて、官僚機構、特に軍事組織がいかに腐敗しやすいかを端的に示す事件が次々起こっています。
昨年12月に、海上自衛隊が弾道ミサイル迎撃実験に成功したとのニュースが流れました。標的のミサイルが発射される場所、時間、飛行コースなど必要データはすべて事前にわかっていて、それを待ちかまえて打ち落とすのですから、成功して当然の実験です。実戦配備されても気休め程度にしか効果がないと専門家が指摘するこのミサイルが1発53億円です。これだけでも気の遠くなるような予算が必要となります。国民の生活をますます貧困に追いやって、その犠牲のうえにこうした軍事費が増大していきます。
アメリカでは新自由主義政策によって創り出された貧困層がイラクへ兵士として、また民営化された様々な戦争業務を引き受けている戦争請負会社の非正規雇用従業員として派遣され、犠牲になっています(堤未果著・「ルポ貧困大国アメリカ」岩波新書)。時代を超え、国を越えて、貧困と戦争は密接不可分の関係なのです。
憲法は平和的生存権を保障します(前文2項)。憲法がめざす平和とは単に戦争をしないというだけではなく、恐怖や欠乏、つまり貧困や飢餓に怯えずに人間らしく生きることができる状態を意味します。誰もが人間として誇りをもって生きる権利を保障され、個人として尊重される(13条)社会をめざさなければなりません。
政府と企業が創り出した貧困という理不尽に立ち向かうべく多くの若者がユニオンを結成し、憲法を武器に闘うようになりました。私たちも法律家として憲法の力を活用しなければなりません。世の中の理不尽を少しでもなくし、誰もが幸せに生きることができる社会を創るために法律家にできることは無限にあります。
その役割を果たすためには、想像力を働かせ、あらゆる問題は人ごとではないと理解することが重要です。自分の問題としてとらえる感性に磨きをかけることこそが、憲法の学習の本質であることを忘れてはなりません。

伊藤 真
司法試験・公務員試験対策の「伊藤塾」塾長・伊藤真の連載コーナーです。
メールマガジン「伊藤塾通信」で発信しています。
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