第356回 トランプスタイル

2025年2月27日までは、トランプ大統領とゼレンスキー大統領はウクライナ国内の鉱物資源の権益をめぐる合意文書に署名する見通しでした。トランプ大統領は、合意によってウクライナのレアアースなどの鉱物資源や石油、ガスの開発にアメリカが関わる経済的メリットから「歴史的な合意だ」とその意義を強調していました。その上で「われわれが次にとりかかるのは停戦の実現だ。それが速やかに実現することを願っている」と述べ、ウクライナでの早期の停戦の実現に意欲を示していたのです。
ところが、28日にホワイトハウスで行われた両首脳の会談は、冒頭は和やかに始まったものの途中から激しい口論に発展し、結果的には合意に至りませんでした。この異例の事態の背景には、ウクライナの鉱物資源の権益を巡る合意と、ウクライナに対するアメリカの支援の在り方に関する根深い対立があったようです。
確かにアメリカのウクライナ支援額は3年間で約17.9兆円で、ドイツの4.4兆円、イギリスの2.3兆円、フランスの2.2兆円、日本の1.7兆円に比べてダントツに多い金額です。これだけの金額を国民の税金から支出しているのですから、なんらかの見返りを求めることを一概には非難できません。
欧州諸国にとっては自分たちに火の粉が飛んでくる危険がある切実な問題ですが、アメリカにとっては対岸の火事に過ぎません。トランプ大統領は国家を企業と同じように扱おうとしているため、国家という共同体にとってのメリットにならないことはできないというわけです。ウクライナの地下資源への権益を獲得しようとすることは、ビジネスマンとしてのトランプ大統領にとっては極めて当然のことといえます。
また、対外的な支援を見直して無駄な出費がないかを再検討し、アメリカの国益にとって有益でなければ国際機関への援助も停止し、膨れ上がった政府職員を減らして人件費を削減する手法は、無駄な支出を抑えて効率的な組織運営をするという観点からは当然だと考えているわけです。国家と企業を同視するのであれば、これは極めて合理的な考えです。
アメリカでは「At-will Employment」という雇用原則の下、レイオフが頻繁に行われ人材の流動性が高いことから、大量の政府職員の解雇はそれほど不自然なことではありません。しかも、官僚組織としては猟官制(spoils system)をとっていますから、大統領が変われば政府職員幹部はすべて入れ替わることも当然のことであり、それをあらゆる政府職員に及ぼしただけだという認識なのかもしれません。
こうした国家へのビジネスマインドの導入の象徴がイーロン・マスク氏であり、彼が率いるドージ(DOGE政府効率化省)です。政府支出を2兆ドル(300兆円)削減し、これを減税の財源にするつもりのようです。各省庁の政府職員を約20万人と大幅に削減するそうですし、アメリカ国際開発庁(USAID)のほぼ全職員を一時帰休にするなど、すでに大鉈を振るっています。CIAまで退職プログラムの対象となっているといいます。こうした手法は、ツイッター買収とその後の大量解雇などと同じ手法であり、19歳のエンジニアをDOGEの要職につけ、AI活用による効率化を図ることも、スピードと才能を重視するビジネスの世界では一つの方法として評価しうるものです。
しかし、国家の政府機関には安定性、信頼性、セキュリティ、何よりも民主的正当性が求められます。企業は失敗しても破産し解体すればいいのですが、国家はそうはいきません。トランプ氏やマスク氏への批判を古い価値観にしがみついているものと一蹴して良いのかは慎重に考える必要があります。
前回の雑感では、ビジネスと人権をテーマにしました。本来、国家の人権保障など経済的効率性でははかれない部分を企業は自らの経済的発展のためだけでなく、人権の本質を理解して拡大していくべきだと書いたのですが、その人権保障のために社会契約によって組成したはずの国家が、まるで従来の企業のように経済合理性だけで運営されようとしているのです。国家の企業化といってもいいかもしれません。
しかも、この手法には強い批判もあります。トランプ大統領は国民が政府改革を選択したのだからと民主的正当性を主張していますが、マスク氏は議会で承認されたわけではないからです。アメリカでは、連邦最高裁判事や重要閣僚は大統領から指名された後、連邦議会上院の承認が必要ですが、マスク氏の役職は正式な閣僚職ではなく、議会の承認を必要としない助言的な役割を果たす特別政府職員に過ぎません。大統領の権限として任命されただけで議会の承認を受けておらず、選挙で任命されてもいない人物が政府の運営に大きな影響を与えることは、民主的な行政プロセスの観点から疑問だというわけです。
議院内閣制と異なり、大統領制は行政のトップが国民から直接選ばれるため、大統領自身に強い民主的正統性があります。よって、大統領権限で法律と同等の効力を持つ大統領令を発出したり、人事権を行使したりすることができます。もともと大統領制は独裁を生む危険があることが指摘されているとおり、大統領令の乱発やマスク氏のような人事は、本来、織り込み済みの制度です。ただ、これまでのこうした権限行使を控える穏健な大統領と比べて、トランプ大統領は自分の考える政策実現のために持てる権限を最大限行使しようとしている点が異なるだけです。使える権限は何でも使い、組織の目標を達成しようとする、こうした点でも極めてビジネスライクな大統領といえます。
それでも国家と企業との違いを看過することはできません。国家には多様な人々がいます。人権のように経済合理性では図れない価値の実現も国家の任務です。国家の役割として、警察や国防などだけで十分であり、国民の経済活動や生活、福祉などには口を出さない方がよいとする消極国家という国のあり様も市民革命直後の近代立憲主義確立期においては重要な意味を持っていましたが、現代においてはそれだけではどの国も成り立たなくなっています。
トランプ政権は、DEI(多様性、公平性、包括性)に批判的です。いかにも白人男性が支配する古き良き時代のアメリカを取り戻そうとしているように見えます。しかし、仮に国家運営を経済合理性という観点だけで考えるとしても、今日、企業が多様性への配慮をすることでむしろ業績が上がるように、国家も多様性や人権に配慮することによって、優秀で多様な人材が活かされ、国家としての生産性も向上するはずです。特にアメリカのような移民国家においては、世界から優秀な人材が集まることによって、現在のような大国となることができたわけですから、そのアメリカ建国の歴史を見ても、多様性や人権という価値に冷淡になることが経済合理性という物差しだけで見たとしても、正しい選択とは思えません。
ただ、トランプ大統領のビジネスマインド重視の手法が悪い面ばかりかというと、そうではないと考えています。それは、あらゆる相手と対話をしようという姿勢を持っているからです。この点、ウクライナやEU諸国抜きでのロシアのプーチン大統領との会談については批判も多いようです。しかし、いくらウクライナ侵攻を正当化することができず、国際法違反として批判されるような相手であっても、直接対話するという姿勢自体は評価するべきだと思っています。実際に話してみないと相手の考えていることを理解し、妥協点を見出すことも困難になります。考え方が違うからこそ、会って話してみるという姿勢は重要です。
その結果、今回のゼレンスキー大統領との会談のように決裂することも一時的にはあるかもしれません。しかし、それによってウクライナ和平にとって何が必要であり、何が障害なのかがより明らかになってきました。あとは、ゼレンスキー大統領として、何を最も大切な価値とするかという根源的な問いにどう答えるかということでしょう。領土や資源、名誉のために国民の命を犠牲にし続けていいのか、ということです。これまでの犠牲を考えると撤退することが難しくなるというサンクコストの罠にはまらないようにする必要があるのではないでしょうか。
この戦争が始まった当初から私は1日でも早い停戦に向けて努力するべきだと言い続けてきましたが、こうした考えはウクライナ支援をしている人々からは不評でした。しかし、トランプ大統領が指摘するように、戦争継続に固執して犠牲を出し続けるより、和平のためにどこまで妥協するかを考える時期がきているのではないでしょうか。
領土問題は大抵長い歴史の背景がありますから、そう簡単には解決できません。かといって、どちらが正しいのかを戦争によって決着をつけるという発想は中世の時代の決闘と何も変わりません。将来にわたって議論の可能性を残した形で何らかの停戦合意を受け入れるしかないように思われます。
どんな戦争も一方当事者を悪魔のように仕立て上げ、それと闘う戦争に大義名分を与えてしまうと、勝つまで止められなくなります。プーチン大統領と会ってロシアの言い分を聞こうとする態度を一方的に批判したり、戦争の原因を理解しようとすることを「どっちもどっち論」として論難するだけでは、兵士のみならず国民・市民の被害は拡大するばかりです。
極めて冷徹な国際社会の現実があるからこそ、当事者に直接会って、どのような理由から何を求めているのかを率直に聞き出して解決策を探ることは、決して非難されるべきことではありません。私たちにとっても、なぜ戦争にまで及んでしまったのかを理解することが、次の戦争が起こらないようにするための学びになるはずです。
立憲主義の本質は、異質な他者との共存です。立憲的憲法を持つ日本も自国と価値観や政治体制の違う国を敵視して抑止力という名の脅威を与えることに専念するのではなく、対話によって共存の道を探る努力を粘り強く続けることこそ重要と考えます。資源も乏しく、人口減少を止められず、細長い島国に原発を多数保有してしまっている日本にとっての現実的な選択肢について、今回の出来事を自分事として考えてみる必要があるのではないでしょうか。
トランプ大統領の政治スタイルを批判するだけでなく、何事からも学べるはずだという意識を持ってみてみることは、自らの意思で主体的に生きるために伊藤塾で学ぶ皆さんにとっても意味のあることだと思っています。

伊藤 真
司法試験・公務員試験対策の「伊藤塾」塾長・伊藤真の連載コーナーです。
メールマガジン「伊藤塾通信」で発信しています。
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