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2024.09.01

第350回 震災と原発

 1939年9月1日にドイツ軍のポーランド侵攻で始まった第二次世界大戦は、8月14日の日本によるポツダム宣言受諾、15日の天皇による玉音放送、16日の大本営による帝国軍隊への停戦命令を経て、9月2日日本の降伏文書への調印で終結しました。戦後日本の安全保障政策はこうして敗戦から始まりました。

 憲法前文で謳われているように戦争の惨禍を再び繰り返させないための戦争回避は強調しすぎることはないと思いますが、万が一にでも戦争となれば日本中にある50基以上の原発が攻撃目標とされ回復不可能な国土喪失の危険に晒されます。私はロシアがウクライナのジャポリージャ原発を攻撃目標にしたのと同じことは起こらないと断定できるほど楽観的にはなれません。

 

「原発は自国に向けられた核兵器」と言われますが、敵基地攻撃能力以前に日本の国防上の最大の弱点を無くすことこそが何よりの安全保障になると考えます。2014年5月21日福井地方裁判所において大飯原発の運転差し止め判決を出した樋口英明元裁判長が今年8月に出版した『保守のための原発入門』(岩波書店)を読んで、改めてそう思いました。

 

そこで今回は、本書を参考にしながら最も重要な国防問題として原発を取り上げます。関東大震災を例に上げるまでもなく日本は地震大国です。101年前と大きく事情が異なるのは、あのときには無かった原発が50基以上も海岸沿いに建設されているということです。今年1月マグニチュード7.6の能登半島地震に襲われた珠洲市や輪島市では多くの家屋が倒壊しましたが、珠洲市には1975年ころから原発建設計画が持ち上がっていました。

 

地元に利益をもたらすとされたこの計画によって住民は分断され、反対派の営業する雑貨店に対して不買運動もおき、無言電話や手紙などによる嫌がらせは計画凍結まで続いたそうです。住民の28年にも及ぶ粘り強い反対運動によって2003年12月にこの計画は凍結されましたが、もしここに原発が建設されていたら福島原発を超える甚大な過酷事故が起こっていたことでしょう。

 

2011年3月11日東日本大震災によって引き起こされた福島原発事故の際に発令された「原子力緊急事態宣言」は13年たった現在でも解除されておらず続いてます。未だ廃炉の糸口さえ見つかっていません。この事故によって15万人を超える人々が故郷を捨てて避難することを余儀なくされました。災害関連死は2000人を超えると言われます。現在、何事もなかったかのように原発再稼働が始まっていますが、これだけの甚大な事故から何も学ばないとは驚くばかりです。

 

伊藤塾の「明日の法律家講座」でも、当時の菅直人元総理大臣に原発事故当時の状況を講演(2012年9月実施)してもらいましたが、彼が「信仰があるわけではないが、今ここにこうしていられるのは、神のご加護があったと思わざるを得ない」と言っていたのが印象的でした。実は当時、我が国は東日本壊滅の危機にあったのです。福島第一原発には6基の原子炉がありますが、1号機から3号機が稼働中で4号機から6号機までは定期点検中でした。

 

2011年3月11日午後2時46分、マグニチュード9の巨大地震が起き、福島第一原発は震度6強の地震動に襲われます。稼働していた3基は地震を感知して自動的に核分裂反応を止める制御棒が挿入され原子炉は緊急停止します。原子炉の冷却に必要な外部電源は地震による鉄塔倒壊により絶たれ、非常用電源も津波によって失われ、核燃料が解け落ちるメルトダウンが起きました。さらに発生した水素による爆発が1号機、3号機、4号機でおきました。

 

原発の仕組みは単純です。圧力容器内のウランの核分裂反応によって生じる熱で水を沸騰させ、発生した蒸気でタービンを回して発電します。その蒸気を海水で冷やしてポンプを使って再び圧力容器に戻すことで水を循環させて発電を継続します。そのため原発は日本では海沿いに建設されています。私が好きな蒸気汽関車も、熱で蒸気を発生させてその圧力でピストンを押して回転運動に変えて動かしますが、原発も蒸気でタービンの羽根を回して発電をしているわけです。

 

冷却水が失われてしまうと、燃料は自ら発する熱によって溶け出してしまいますから、このメルトダウンを防ぐためには常に水を供給しなければなりません。その冷却ポンプを動かすためには電気が必要となります。常に電気と水の安定供給が不可欠の発電システムなのです。

 

福島第一原発の吉田所長は2号機の格納容器の圧力破壊による大爆発を覚悟したそうです。ところが2号機にはたまたま欠陥があり格納容器のどこかに脆弱な部分があって、そこから圧力が漏れ逃げ、圧力破壊による大爆発に至りませんでした。皮肉なことに、もし格納容器が欠陥なく設計通り堅牢に作られていたならば、圧力に耐えきれずに大爆発を起こし大量の放射性物質がまき散らされ、東日本壊滅に至ったと思われます。私たちは偶然助かっただけだったのです。

 

実は定期点検中だった4号機も極めて危険な状態でした。使用済み核燃料であっても循環する冷却水が絶たれることによって貯蔵プールの水が干上がり放射性物質の大量放出の危険があります。4号機はまさにそうした危険な状態でした。ところが当時、貯蔵プールの隣の原子炉の中の核燃料を入れる箱(シュラウド)の取り換え作業のために、この原子炉には普段はない水が張られていました。そしてこの水が貯蔵プールと原子炉を隔てている仕切りがずれたことによって核燃料貯蔵プールに流れ込み、使用済み核燃料が冷却されて放射性物質の大量放出が食い止められたのです。たまたまシュラウド取り換え工事をしていたこと、たまたま工事の遅れから抜かれるはずの水が残っていたこと、たまたま仕切りがずれていたことによって、ここでも本当に偶然に東日本壊滅が防げただけだったのです。

 

ちなみにこの4号機の建屋では、水素爆発により天井が吹き飛んだことによって、ポンプ車を使って上から水を入れて冷却することが可能になりました。ところが当時日本にある消防自動車では40メートル以上の高さにあるこのプールへの給水が難しかったのですが、中国企業の三一重工が中国国内に保有している大きなポンプ車を急遽、福島第一原発に無償で提供してくれました。

 

この福島原発事故によって広島型原爆の約170倍もの死の灰が大気中に巻き散らされました。死の灰の多くは太平洋に流れましたが、それでも約2割が日本国土に拡散したことで15万人以上の方が避難を余儀なくされたのです。この時、風の流れが陸から海ではなく、逆に海から陸に吹いていたならば、どれだけ被害が広がっていたことか。東京方面に向かって風が吹いていたら、今、私は渋谷で仕事などできなくなっていたのです。信じられないような偶然の積み重ねによって今の日本があるだけなのだという正しい認識を持たなければなりません。

 

核兵器は、ウランエネルギーを10万分の1秒で解放することによって生まれるエネルギーで人々を殺傷する兵器です。絶対悪であり禁止するしか人々を守る方法はないと考えています。人間は不完全な生き物であり、核兵器を使いたいと考えて暴走してしまうリスクを抱えているからです。同じくウランエネルギーの小さな放出を時間をかけて繰り返させるのが原発ですが、この原発は水と電気が失われたら、もはや人間がコントロールできず、勝手に暴走することになります。日本では「核」兵器と「原子力」の平和利用などと言葉を使い分けますが、いずれもnuclearと表記され危険性は同じです。

 

原発がやっかいなのは、稼働を止めればいいのではなく、止めた後も電気と水で原子炉を冷やし続けない限り大事故になることなのです。そこで生じる被害は甚大で不可逆的です。日本は核兵器を持っていませんが、世界中の原発の10%が日本にあるにも関わらず、その日本は地震大国です。マグニチュード6以上の大きな地震に限れば20%以上が日本およびその周辺で起きています。ということは原発の耐震性が決定的に重要なはずです。ところが、日本の原発の耐震性は一般のハウスメーカーの住宅の耐震性よりも低い基準となっているのです。この事実だけでも衝撃ですが、それを原子力規制委員会の委員長も国会で認めているのです。

 

樋口氏が掲げる原発を止める理由(樋口理論)は極めてシンプルです。①原発の過酷事故のもたらす被害は極めて甚大である。②それゆえ原発には高度の安全性が要求される。③地震大国日本において要求される高度の安全性が要求されるということは、原発に高度の耐震性が要求されることに他ならない。④しかし、わが国の原発の耐震性は極めて低く、それを正当化できる科学的根拠はない。⑤よって原発の運転は許されない。というものです(この差し止め判決については、2021年5月29日第303回「明日の法律家講座」で樋口先生が講演されています)。

 

ところが多くの原発差止の裁判において、本来最大の争点であるはずの原発の耐震性が高いのか低いのかという議論ではなく、原発の施設や敷地が規制基準に適合するかどうかが争点とされてきました。「裁判所として専門家である原子力規制委員会の判断を尊重します」という判断をするだけであるならば、何のための裁判所なのでしょうか。

 

私たちは、自分の頭で考えない愚民、臣民ではなく、自立した主体的な市民であるべきです。過酷な試練はいつやってくるかわかりません。戦前は軍国主義を止められず、むしろ加担する臣民でした。政官財(軍需産業)の癒着が放置され、国策としての戦争への批判を許さないとして批判する者の言論は封じられました。また、大本営発表による情報統制を通じて「神風神話」を国民に信じ込ませて国民を戦争に駆り立てました。そして、現在、こうした過去への真摯な反省や国民的議論もなく戦前の軍事同盟政策に回帰し、今年の防衛予算の概算要求額は8.5兆円となり、世界第3位の軍事大国へと突き進んでいます。

 

一方、戦後の原発に関しては原子力村といわれる政官財(電力会社)の癒着による原発翼賛体制ともいうべきものが進み、国策としての原発推進への批判を許さないとして、批判する研究者を排除してきました。また、マスコミを利用した情報統制で安全神話を浸透させ、原発の安全性やエネルギー政策に関する嘘を流し続けました。原発事故はいまだ収束していないにも関わらず、原発回帰に向けてまっしぐらです。

 

私も福島原発事故が起こる前は、「わが国の原発は絶対に安全だ」という国策をおかしいと思いつつも、愚かにも、まず大丈夫だろうという何の根拠もない安全性バイアスに絡めとられていたように思います。後知恵のようで情けないのですが、愛国者を自認する私としては、知ってしまった以上は戦争と同様に反対するしかありません。この問題はイデオロギーや支持政党などとは無関係な理屈の問題です。皆さんにもぜひ、樋口元裁判長のこの著書から法律家としての知性を学び取ってほしいと思っています。

 




 

伊藤真塾長

伊藤 真

伊藤塾 塾長

司法試験・公務員試験対策の「伊藤塾」塾長・伊藤真の連載コーナーです。
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