第331回 へっぽこ判決

1月25日に一人一票実現訴訟の最高裁大法廷判決がありました。2021年10月31日の衆議院議員総選挙の選挙無効訴訟です。残念ながら是正義務付き合憲判決でした。余りの「へっぽこ判決」に正直いってかなりへこみました。もう少しマシな判決を期待していたのですが、最悪のタイミングで最悪の判決でした。
2021年選挙の投票価値が不均衡で違憲だと争っているのにもかかわらず、将来アダムズ方式が実現見込みだから、選挙時にそれが実施されていなくてもこの選挙を合憲としていいと言うのです。いったいいつまで0.5票で我慢しなければならないのか、暗澹たる気持ちになります。内容的にもまったく納得できないものですが、それ以上に、14人の裁判官の多数意見は実質的には3頁ほどのものでした。14年間で今回を含めて9回大法廷判決を受けていますが、こんな手抜き判決は初めてです。たとえ合憲判断であってもそれぞれの裁判官はしっかりと自分の意見を述べるべきでしょう。「右に習え」で誰も個別意見すら書かない。身分も報酬も憲法で保障されているのですから、もっとしっかりとこの問題に向き合って欲しかったです。宇賀裁判官一人しか自分自身の考えを述べないとは情けない限りです。
ただ、記者会見ではそんな不平不満をぶちまけても意味がないので、ある程度建設的な発言をしたところ、新聞では私のコメントがずいぶんと取り上げられていました。「国会は判決の基礎となったアダムズ方式をしっかりと実現させる必要がある」(毎日新聞)、「反撃能力(敵基地攻撃能力)や増税など、国民生活に直結する問題が山積みの中で、正統性のない選挙は許されない」(朝日新聞)。この他にもNHK、時事通信などでも私のコメントが取り上げられていましたが、東京新聞では、「伊藤真弁護士は『まだ新方式は実現しておらず、格差が2倍を超えた選挙区の1360万人の有権者の不利益が過小評価されたのは残念。国会で増税など国民生活に直結する問題が山積みの中、正当性のない選挙は許されない』と指摘。その上で『国会は合憲判決だから不平等を放置していいわけではない。一人一票を実現するよう厳しく突きつけている判決だと受け止めてほしい』と注文した。」とかなりしっかりと紹介してくれました。
東京新聞なので当然なのかもしれませんが、なんと読売新聞も「伊藤真弁護士は、21年選挙で格差が2倍を超える選挙区が29に上ったことを挙げ、『有権者が不利益を被っていることに向き合っていない』と批判。合憲の条件がアダムズ方式の実現となっているとし、『物価高など国民生活に直結する課題が山積みの中、正当性のない選挙は許されない。国会は判決を受け止めて、一人一票を実現する選挙を行ってほしい』と訴えた。」と丁寧に紹介してくれたのはありがたかったです。立場を超えてこの問題は国民主権の根幹に関わる問題なのだと認識され始めた証かもしれません。
多数意見の説得力のなさとの対比で、宇賀克也裁判官の反対意見は際立っていました。さすがに行政法の学者出身だけあって政府への忖度なしに純粋に法的観点から問題点を指摘してくれています。一人一票がデフォルトであること、国賠請求訴訟と違って選挙無効訴訟では合理的期間論は不要であること、事情判決は採らないことなど、画期的な違憲違法の判断でした。この反対意見が多数意見になる日が来るはずだと信じて、めげずに頑張ろうと思っています。
憲法訴訟においては、このように裁判官の当たり外れがあり、自分ではどうしようもないことに振り回される現実があります。安保法制違憲訴訟においても、学者の証人尋問を請求しても一切受け付けない裁判官もいれば、謙虚に憲法学者の意見を聞きたいという裁判官もいます。仮に判決で負けたとしても、手続において両当事者の言い分をしっかりと聞いた上で判断することは、訴訟指揮の基本だと思うのですが、かならずしも現実は理想どおりではありません。
憲法訴訟に限らずあらゆる事件において、相手方や裁判官によって事件の行方が変わってしまうことがあります。不完全な人間が作った法を使って不完全な人間が裁判をするのですから、その結果が不完全であることは折り込み済です。裁判も交渉ごとも人間がやることですから仕方ないのですが、自分が思うように事が進まないときの気持ちの持ち方は裁判に限らず重要です。
試験でもすべて自分の責任として引き受けてしまうと、精神的に参ってしまうことがありますから、ほどほどに「へっぽこ!」といって人のせいにすることが重要だと思っています。もちろん試験は自分で改善、努力することによって乗り越えられることがほとんどですが、それでもどうしようもないこともあります。そうした気持ちの切替ができるようになることも試験勉強を継続していく上では必要ですし、実務に就いたときにも大きな力になるはずです。
気持ちの切替が重要だと何か偉そうなことを言っていますが、実は私も本当に参ってしまったことがあります。2004年からロースクール(法科大学院)が始まりましたが、私もロースクールを創ろうと2000年くらいから調査、準備を始めて、あと一歩というところで頓挫した経験があります。この雑感でも2003年6月の第94回では、「日本一」というタイトルで日本一のロースクールを創ろうという気概に満ちた決意が示されています。それが、10月の第98回では「闇の中で」というタイトルのかなりの恨み節になりながらも、自分自身をあえて鼓舞するように強がっています。20年前の絶望から抜け出そうとしている自分が少し愛おしく思えます。何が原因で失敗したのか、どうやって立ち直ったのかについては機会があれば、次回の雑感で書いてみようと思います。
1月から月曜夜9時フジテレビ系列で「女神(テミス)の教室」という北川景子さん主演のロースクールを舞台にしたドラマが始まっています。ドラマですから、演出上かなり盛ってあるところもあるのですが、法律問題を含めて「考える素材」を提供してくれるものですから、毎週興味深く見ながら楽しんでいます。入門講座を一緒に担当している伊藤塾講師の伊関弁護士と感想を述べ合うトークをYouTubeで流しています。気晴らしに見ていただけると嬉しいです。
伊藤 真塾長と伊関 祐講師がドラマをみて語る! YouTubeはこちらから

伊藤 真
司法試験・公務員試験対策の「伊藤塾」塾長・伊藤真の連載コーナーです。
メールマガジン「伊藤塾通信」で発信しています。
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