真の法律家・行政官を育成する「伊藤塾」
 
2023.03.01

第332回 失敗の原因

 前回の雑感で紹介したフジテレビ系列で放送中の『女神(テミス)の教室』ですが、もうそろそろ終盤にさしかかってきました。毎回ドラマならではの突っ込みどころが満載で伊関先生とのトークも盛り上がり、YouTube用ですからコンパクトにまとめようとするのですが、つい話し過ぎてしまいます。

 このドラマに登場する先生方はずいぶんとキャラが立っている個性的な方々ばかりです。もちろんドラマですから、仕方ないことなのですが、先日放送された第8話では、司法試験に関しての描き方があまりにステレオタイプなのにはちょっとびっくりしました。受験生が条文を覚えるクイズをしていたり、司法試験予備校は合格だけを指導していて、法曹に必要な高い人間性を育成できるのはロースクールだけであるかのような描き方でした。演出上、多少のデフォルメは仕方がないとしても、今時の試験対策で、条文番号を必死で覚える受験生がいるわけもないですし、司法試験受験生や法曹が受ける質問アルアルは「六法全書を丸暗記しているんですか?」ですが、それを裏付けるような描き方でした。

 そしてもう一つの、司法試験予備校や塾とロースクールを対比した描き方です。ミッチー演じる青南法科大学院学院長が受験指導を重視している藍井先生に「ロースクールでは司法試験のその先を見据えているから」「得た知識を実際に使う力、そして法曹に必要な高い人間性を育める場所です」と語るのです。伊藤塾で学ぶ塾生の皆さんも「合格後を考える」という塾の理念の中で学んでいますし、毎日得た知識の使い方を鍛えています。そして何より高い人間性がロースクールでなければ学べないというのは傲りではないでしょうか。

 2019年4月に法曹養成制度改革に関する参考人として衆議院文部科学委員会に呼ばれ意見を述べてきました。そのときの感想を塾長雑感285回「法曹養成制度」で書いています。予備校や塾への批判に対しての反論でもあるのですが、ステレオタイプ的な偏見は未だ根強いようです。

 40年前に講義を始めたときには、話し方が生意気だとずいぶんと批判されたものです。いろいろな考えの塾生、受験生がいて当たり前ですから、すべての人に評価されようとは思っていません。よく、塾講師への研修でも話していたことですが、全員に評価される講義など不可能なのだから、一つ一つの批判や評価にあまり敏感になるなと自分にも言い聞かせています。

 言葉遣いにもずいぶんと気を使ってきましたが、それでも忘れられない失敗があります。刑法の安楽死と尊厳死について講義をした際に、「植物人間」という言葉を無自覚に使ってしまったのです。当時カセットテープで私の講義を聴いていた受講生から、この言葉を講義で聞いてから残念ですが先生の講義を聴くことができなくなりましたとの手紙をもらってしまったのです。

 全く想像もしていなかったのですが、彼女は、意識のないお父様の病室で長く看病を続けながら、私の講義を聴いていたのです。目の前に意識が戻らない大切な家族がいて、無神経な「植物人間」という言葉が突然耳に飛び込んできたわけですから、大きな衝撃を受けたに違いありません。当時の私はそのようなことまでを想像して言葉を選んでいませんでした。もちろん、すべての人を傷つけない言葉遣いをすることなど私には不可能です。ですが、このことで一つ一つの言葉の重みを思い知り深く反省しました。

 SNS全盛になる前から、ゆっくり丁寧に話せばだるいと言われ、テンポよくテキパキ話せば早すぎるついていけないと批判され、補講をすればちゃんと時間内に収めろと苦情を言われ、他方でこんなに丁寧に講義をしてもらったおかげで合格できたと感謝もされます。今は自分の信じる方法を続けていくしかないと割り切っています。

 様々な批判や誹謗中傷には堪えてきたのですが、20年前のロースクール制度立ち上げの際の予備校批判、塾批判は相当にこたえました。大学生が大学の授業に来ないのは伊藤真のせいだ。塾では丸暗記させて高い受講料を取ってテクニックばかり教えている。最近の受験生の答案は金太郎飴のようなものばかりでおもしろみのある答案がなくなり合格者の質が下がった。司法試験のような一発勝負ではなくプロセスによる法曹養成をしなければならない等々。大学教授や頭の固い弁護士からも謂れのない誹謗中傷を受け続け、まるで伊藤真つぶし、伊藤塾つぶしの暴風雨の中にいるようでした。

 現場を視察することもなく、司法試験を受験したこともない輩がアメリカのソクラテスメソッドなど海外のロースクールをかたちだけ模倣して法曹養成の制度設計が行われました。未修者はたった1年で法学部で4年間法律を学んだ学生と同じレベルに引き上げられるという前提で、既修者2年、未修者3年というロースクール在学期間も決まりました。呆れるほどの杜撰さなのですが、当時は熱にうなされたように全国でロースクール設立ラッシュでした。

 2004年からロースクールは始まったのですが、国が法曹養成をロースクールという舞台で行うと規制してきた以上、その枠の中で最大の成果をあげようと自分も考え、伊藤塾もロースクールを創ることにしました。日本一のロースクールを創れば、私を誹謗中傷していた大学教授を見返せるという不純な思いがあったことを否定できませんが、一方でロースクール制度の中であっても、自分が理想とする法曹養成は実現可能だと思っていたのです。

 日本一のロースクールを創れば受験生も来てくれるはずだと、必死になって最高のカリキュラムを考え、賛同してくださる先生方を説得してまわり、協力をとりつけました。憲法価値を法学部の理念として掲げる京都の龍谷大学と共に東京にサテライト校も創り、全国から優秀な学生を集めようと考えました。説明会には全国の大学から優秀な学生が殺到したので、これはうまくいくぞと確かな手応えを感じ、文科省の官僚とも緊密な連携をとりながら、新しいかたちの日本一の法曹養成機関を創るぞという気概に燃えていました。

 校舎も法廷教室も教授陣も揃えて設立要件はすべて満たし、後は数人の大学教授からなる諮問機関の承認を得るだけのところまでこぎ着けました。それまで海外のロースクールを視察したり、いくつもの大学と交渉したり、どれだけ大変な準備期間だったか、今思い出すだけでもぞっとします。

 準備万端で連絡を待っていたところ、まさかの不認可。理由もわからず茫然自失でした。学生のとき司法試験短答に落ちたとき以来の大きなショックを受けました。後で聞いたら、機関のメンバーだった大学教授の中に伊藤真にだけは絶対にロースクールをやらせないと強行に反対した人がいたことがわかりました。そこまで嫌われていたとは知らず、国家権力の恐ろしさを思い知るとともに、自分の甘さを心底悔いました。

 協力してくれることを約束して下さった先生方に多大な迷惑をかけてしまい、入学を期待していた受験生を失望させ、金銭的にも大損害でしたし、何よりも風評被害が酷かったです。あそこは国から認めてもらえなかった塾で危ないとおもしろおかしくネットに書き込む輩がいるのです。講座のキャンセルや伊藤塾受け控えが続き、経営的にも大ピンチでした。

 何がいけなかったのだろうと自分を責め、必死で考えました。失敗には必ず原因があります。いろいろ考えた末の結論が、自分に「我」があったのだと気付きました。私は自分が日本一のロースクールを創るということだけに集中してしまい、日本全体の法曹養成のことなど全く考えていなかったのです。自分たちが創るロースクールからすばらしい法曹人材が輩出されればそれで大成功と考えていました。

 伊藤塾のロースクールに来られない受験生のこともしっかりと考えなければいけなかったのだと気付きます。最後はむしろ認可されなくてよかったと思えるようになりました。もしロースクールになっていたら、そこに来た受験生の面倒しかみることができません。ロースクールが認可されなかったことによって、必然的にすべての受験生を対象とした講義をすることができます。

 しかも後に予備試験が始まり、文科省が決めたカリキュラムなどに制限されることなく自分の思うような最高の教育ができるようになりました。失敗したことによって、かえってチャンスが広がったのです。そう思うと少し楽になりました。このときほど「目の前にある事実を変えることはできないが、その意味を変えることは自分の意思でできるはずだ」と自分に言い聞かせて、気力を奮い立たせたことはありません。これは試験で不合格になった塾生にずっと言ってきたことでした。

 そして、原点に戻ろうと考え、個別指導を徹底し、最先端の技術をさらに導入して、圧倒的な合格実績を叩き出そうと決意します。圧倒的な実績を出せば、風評被害など吹き飛ばせるはずだと信じていました。実際、合格実績を見て、また受験生が伊藤塾に戻ってきてくれました。

 時代を越えて変わらずに続けていくことが必要なこともあります。ですが、失敗や経験から学びながら、変化していかなければならないこともあります。伊藤塾という組織も、これまで何度もこの雑感で述べてきたように、変わらぬ理念を堅持しつつ変化し続けてきました。コロナ禍への対応もその一つです。

 教室におけるライブクラスを縮小しつつ、2004年から実施してきたWebオンデマンド受講だけでなく、ライブ中継、教室ビューなどの新しい受講形態に挑戦したり、将来導入されるであろうCBT(Computer Based Testing)を見据えてデジタル添削を始めたりしました。YouTubeやTwitterでの配信もずいぶんと増えました。

 全国の教室も少人数ゼミやグループ学習に利用してもらえるように大幅な改装や統廃合をしたりして塾生の利便性を高める改革も進めてきました。まだまだ不十分なところもありますが、これからも新しい挑戦と改革を進め、進化する伊藤塾を実現していきたいと思っています。




 

伊藤真塾長

伊藤 真

伊藤塾 塾長

司法試験・公務員試験対策の「伊藤塾」塾長・伊藤真の連載コーナーです。
メールマガジン「伊藤塾通信」で発信しています。