第347回 軍事化とジェンダー

弁護士仲間の間でNHKの朝ドラ「虎に翼」が話題です。日本で初めての女性弁護士であり初の女性裁判官となった三淵嘉子さんがモデルで、戦前の女性蔑視の時代を乗り越えて、日本国憲法14条の下で民法の親族相続編の改正作業にも尽力されました。非嫡出子の相続分、女性の再婚禁止期間、夫婦同姓強制など問題ある規定もありましたが、1条の2に「本法ハ個人ノ尊厳ト両性ノ本質的平等トヲ旨トシテ之ヲ解釈スベシ」(現2条)という条文が追加され、憲法13条、14条、24条が民法において具体化されたことは画期的なことでした。
現在では世界の法律家の中で女性の活躍も目覚ましいですが、1950年代後半にロースクールを首席で卒業し、2020年に亡くなったルース・ベイダー・ギンズバーク米国連邦最高裁判所元判事は女性という理由でニューヨークの大手法律事務所に就職できませんでした。フランスでも1965年まで既婚女性が夫の許可なく働くことは禁止されていましたし、スイスでも1985年まで同様の制度がありました。フィンランドでは女性が男性の同伴なくしてレストランに行くことができないという社会規範があったそうです。西欧各国は、こうした状況を制度と意識の改革によって乗り越えてきたのです。
戦前の日本女性は、婚姻、離婚の自由もなく結婚しても単独で法律行為ができない行為無能力者として扱われ、そうした状況を改善するための選挙権すら認められていませんでした。多くの女性は結婚すれば夫の「家」に入って家事・育児・介護に追われ、社会的な活躍ができる女性はごくわずかだったのです。
1931年の満州事変の後、大阪港から出征していく兵士たちに茶湯の接待をした女性たちがいました。お国のために命をささげる人々に安心して出発してもらうのが銃後を守る婦人の勤めであると自覚した女性たちが自発的に始めたものです。この運動に目を付けた陸軍が、こうした女性の思いを利用します。1932年に大日本国防婦人会が発足し、34年には100万人を超える組織となります。
この運動は、家に閉じ込められていた女性たちを日の当たる場所に連れ出し、社会に必要とされ貢献しているという充実感を女性に与えました。陸軍はこの女性の心理を巧みに利用しただけでなく、夫や息子、兄弟が戦死してもそれは誉れであり、決して悲しみではないと教育して厭戦気分、反戦意識を持たせないための仕組みとして機能させます。
当初は純粋にお世話をしてあげたいという献身的な気持ちから始まった行動であっても、軍部に利用されることにより、最終的には戦争に加担するようになっていきました。社会から求められ、必要とされ、役立っているという社会的承認欲求を軍部がうまく利用したわけです。1942年に政府・軍部の主導で、大日本婦人会に改組され20歳未満の未婚女性を除くすべての女性がこれによって戦争のために組織されたのです。富国強兵政策の下で、消耗する兵士を補充する意味でもあった「産めよ育てよ」というスローガンによる人口増加政策の手段としても女性は利用されました。
5月25日に日弁連と東京3弁護士会共催で「軍事化とジェンダー」というシンポジウムが行われました。第1部で一橋大学大学院社会学教授の佐藤文香先生に講演していただき、第2部ではパネルディスカッションを行い、私もコーディネーターとして参加しました。ジェンダーとは社会によって作られた社会的・文化的性差を意味します。わかりやすく言えば、「男らしさ」「女らしさ」というイメージです。今回のシンポジウムで、このジェンダーと戦争や軍事化が極めて密接にかかわっていることがよくわかりました。
戦死者の中における市民の割合は、第1次世界大戦で半数を超えたといわれ、現在では9割ほどで圧倒的多数は女性と子どもです。軍隊や戦争の結果として、様々な性暴力が引き起こされ、軍隊によって真っ先に犠牲となるのは、他国の女性と子どもであることはウクライナやパレスチナ・ガザの戦争が示す通りです。また、そこには女性蔑視(ミソジニー)と同性愛嫌悪からくる軍隊内ハラスメントもあります。
21世紀に入り、世界中の軍隊で、女性兵士の数は増大し、その役割を拡大し続けています。徴兵制を持つ国ではイスラエルなどの例外を除き圧倒的に男子徴兵制ですが、2015年に北朝鮮は兵力増強のため、ノルウェーはジェンダー平等の観点から女子に徴兵を拡大しました。2018年に徴兵制を復活したスウェーデンでも女子も対象となり、デンマークも2026年から女性を徴兵する方針を発表しました。2021年現在、イスラエルでは40%、ノルウェーでは33%が女性兵士といわれます。米国は志願兵ですが、女性は15%、日本の自衛官も約9%の女性比率となっています。こうした軍隊における女性の増加はジェンダー平等という啓発の成果といっていいのでしょうか。
軍隊はイメージ戦略として女性兵士を増やしているという指摘もあります。国連の平和維持軍においては、女性には男性とは異なる役割を与られ、たとえば女性兵士は地元女性から広く情報を集められる存在として重宝されました。また、現地における自軍の男性兵士による地元女性への性暴力や性的搾取が存在する場合、信用回復のための道具として利用されたといいます。つまり、戦争、軍隊、占領といった暴力的な軍隊の本質を覆い隠すための道具として女性が利用されているのです。
自衛隊においても女性自衛官の活躍は効果的な広報活動として頻繁にメディアにも登場し、自衛隊の軍事的本質をカモフラージュすることに貢献しています。自衛隊の前身である1950年創設の警察予備隊の過半数は軍歴のある者から構成されていたのですが、それでも自衛隊は旧軍とは違う組織であり、愛される自衛隊であることを示すシンボルとして女性自衛官が活用されているのです。自衛官募集のポスターにおいても盛んに少女のアニメキャラクターが活用されました。自衛官獲得の道具としてジェンダーが利用されています。
こうした女性の軍隊参入をめぐってフェミニズムの立場として、軍隊の中の女性が増えれば軍隊はよりよいものになるという楽観主義の立場と、軍隊に女性が増えることは女性の軍事化を招くだけだと考える悲観主義の立場とがあるそうです(「女性兵士という難問」佐藤文香著)。抑圧され働く場を求めていた女性たちが、軍隊の中にチャンスを見出すとしても、それが軍隊や国家による女性の利・活用にすぎないとしたら、まさに女性を軍隊の道具として扱うことに他なりません。
「軍事化」とジェンダーは軍隊の「男性優位」という組織構造面にとどまらず、戦争そのものが「男性」性と深く結びついていました。戦前の米国では「敵の狂った野蛮人から女を守れ」というポスターや戦後のドイツでも赤い手(ソ連)から「女、子どもを守れ」という政党ポスターが盛んに使われました。日本でも2014年の集団自衛権行使容認の閣議決定の際に、当時の安倍首相が説明に使ったパネルの真ん中には、赤ん坊を抱く母親と子どもが描かれていました。まさに女性を守るために軍事力が必要なのだとして、軍事力の正当化のために女性が利用されてきたのです。
このように軍事力の強化及び軍事行動は、往々にして「女性や子どものような脆弱な人々を保護する」という家父長制的なジェンダー観によって正当化されてきました。他国によって侵される自国を「女性」の身体のようにイメージさせて、若い男性に自国の女・子どもを守れと呼びかけて武器をとらせる手法がどの国においても常套手段なのです。
社会に存在する「保護すべき男」と「保護されるべき女性」というジェンダー観が「軍隊で戦う男」「家庭を守る女性」というジェンダー秩序を再生産し、戦争の正当化に寄与し、その結果として多くの戦時性暴力を生み出してしまいました。こうした軍事とジェンダーの循環構造に平時から敏感でないといけないと考えます。
戦争をしようとする国家は日常におけるジェンダー観を常にうまく利用しようとします。私達はそうしたジェンダー観の利用に乗せられないようにするために、今一度個人の尊重を心に刻む必要があります。憲法は一人ひとりの個人の尊厳を尊重しますが(憲法13条前段)、その意味は、個人の自由意思が確保され他人の意思によって支配されない、つまり人間の道具化の否定と考えます。かけがえのない個人を国家や社会が代替可能な道具や手段として扱ってはならないことを意味しています。男性を戦争の道具として扱ってはならないのと同じく、女性を戦争の道具として扱ってはならないのです。
米国のように軍隊を持つ国においては、軍事的合理性が優先し、女性をより強い軍隊にするための手段として活用することは当然なのかもしれません。改めて軍隊を持つ国、戦争する国にしてはらないと考えます。平時のジェンダー問題と戦争との連続性をしっかりと意識することが必要です。
闘わない男は女々しいと非難されることを屈辱と考える男が、男らしくふるまおうとして戦争を遂行し、他国女性への性暴力をあたかも勲章のように肯定してしまいます。平和主義者に対する「お花畑」、「女々しい奴」といった冷笑こそが軍事化とジェンダー問題を結び付けていることを理解すると、そうした言葉を投げかけて留飲を下げている「男らしい勇敢」な人々の本音が透けて見えます。
いわゆる改憲派の中には、戦前の日本がよかったという人も少なからずいるようですが、それは「家」制度を含めた家父長制へのノスタルジーと一体となった強い大日本帝国の復活を願っているようにみえます。自民党が、同性婚や選択的夫婦別姓に極めて消極的なことと、天皇を戴く国家を前面に出す前文を掲げる2012年自民党憲法改正草案において国防軍の創設を訴えていることとは実は一貫している主張なのだとわかります。
「軍事化(militarization)」とは「人的、物的な軍事力の増強だけでなく、軍事的思考や行動様式が政治、経済、社会、文化等広い範囲に大きな影響を及ぼすに至る過程」だと解説されます(『新社会学事典』)。そして、軍事化は、軍部が発言権を増すという「政治的軍事化」、兵器の技術革新や軍備拡張が進む「経済的軍事化」、軍事主義的な理念や価値観が市民社会に浸透していく「社会・文化的軍事化」に大別されます。
現在、日本で進行しているのは、防衛費GDP比2%に向けての軍拡や防衛産業の育成、武器輸出拡大などの「経済的軍事化」、そして憲法に自衛隊を明記して自衛隊がより発言権を増すようにする「政治的軍事化」の推進が顕著です。それのみならず、軍事力増強や力がものをいうことに違和感を感じさせないようにする「社会・文化的軍事化」も進んでいるのではないかと懸念されます。
そこで利用される「男らしさ」、「女らしさ」といったジェンダー観に振り回されることなく、個としての自分を尊重し、異質な他者との共存をめざそうと日々努力することが、たとえ「お花畑」と冷笑されたとしても、戦争に抗うことにつながると考えています。

伊藤 真
司法試験・公務員試験対策の「伊藤塾」塾長・伊藤真の連載コーナーです。
メールマガジン「伊藤塾通信」で発信しています。
人気の雑感記事
2025.03.04 | |
---|---|
2025.02.03 | |
2025.01.01 | |
2024.12.01 | |
2024.11.01 | |
2024.10.01 | |
2024.09.01 | |
2024.08.01 | |
2024.07.01 | |
2024.06.01 |