真の法律家・行政官を育成する「伊藤塾」
 
2024.05.01

第346回 憲法記念日を迎えて

 5月3日に77回目の憲法記念日を迎えます。今から7年前の2017年の5月3日、私は東京有明の防災公園に5万5千人が集まった憲法集会で「70年間、私たち市民の力で皆さんの力で、この国の平和と人権、命を守り続けてきた」と訴えました。ちょうどその日、安倍元首相が、憲法に自衛隊を明記する改憲構想を発表しました。

 この明文改憲は未だ実現していません。市民の力で自衛隊明記という改悪を阻止してきたといえます。ですが現在でも、憲法審査会では改憲を熱心に主張する国会議員がいます。何のための改憲かを忘れ、ただ改憲することだけが目的になってしまっているかのようです。

 

 国会議員は公務員ですから、99条によって憲法尊重擁護義務が課されています。ただ、国民が改憲を望んでいるときに、その声を吸い上げて国会で議論ができるだけです。国民が具体的な改憲など望んでいないときに、国会議員が主導する「改憲のための改憲」など許されるはずがありません。

 

 衆議院憲法審査会で、任期延長、自衛隊明記の改憲条文案を作るべきという声があがっています。しかし、国民は今、国会議員がお手盛りで自由に任期延長できるような改憲を望んでいるのでしょうか。災害救助で献身的な活動をしてくれる自衛官を、死亡する危険が格段に増す戦地に送り込むような改憲を望んでいるのでしょうか。そうではなく誰もが人間らしい生活を望んでいるのではないでしょうか。戦争に巻き込まれることなく平和で平穏な生活を望んでいるのではないでしょうか。ましてや、アメリカ軍と一緒に世界で戦う自衛隊を憲法に明記して、戦争に近づくことなど望んでいないと思います。

 

 こうした必要ないどころか有害でしかない憲法改悪を進めようとする前にやるべきことがあるはずです。まず、手続面において憲法改正国民投票法を公正なものにしなければなりません。ネット広告、運動資金が無制限であることなど手続上改善しなければならない点は多々あります。アメリカの軍需産業が日本の国民投票運動のための資金を際限なく提供できてしまう現状の制度は、国民主権の観点だけでなく、主権国家としてあり得ないと考えます。まずは国民投票手続法の改正を優先するべきです。

 

 そして個人の尊重という、最も重要な憲法価値を実現するために、同性婚、選択的夫婦別姓など法律改正によって実現できる憲法課題を議論することこそが、憲法審査会がなすべきことではないでしょうか。衆参の憲法審査会は、日本国憲法及び日本国憲法に密接に関連する基本法制について広範かつ総合的に調査を行う機関でもあるのです。

 

 ジェンダー平等や性の多様性といった問題に関しては、これだけ世の中の意識が高まっているにもかかわらず、一向に法整備などに向けた議論が進んでいません。こうした問題に対して保守的な考え方を持っている議員が多いというだけでなく、旧統一協会はじめ特定の宗教団体などの価値観を政治行動にそのまま反映させている議員が少なくないということではないでしょうか。ここでは、国民のほうが進んでいて、政治が国民の意識に追いついていないと言ったほうがいいのかもしれません。

 

 軍事面においては政治が完全に先走って国民を置き去りにし、人権などの問題については逆に、国民が先に進んでいるにもかかわらず政治がブレーキをかけているように見えます。二つの側面において、国民の意思と政治との間に乖離が生じていて、憲法が目指す社会から離れていっているようです。

 

 本来、戦前の「家」制度の下で、尊厳ある個人として尊重されずにいた女性や個人を「家」制度から解放し、個人として尊重することにしたのが、憲法13条であり、24条です。家族法の分野においては、その戦前との断絶がうまくできずに、これまで問題を積み残してきてしまいました。ジェンダー平等やLGBTQなど性の多様性の問題こそ、憲法審査会で議論して法改正を進めるべき憲法的課題であると考えます。

 

 1868年の明治維新で日本の近代国家づくりが始まってから77年間、日本は何度も戦争をしてきました。大日本帝国憲法の下で、天皇のための戦争をし続けた日本が1945年に敗戦を迎えて、新たな国になるために日本国憲法を制定したのです。

 

 そして1947年5月3日から始まった日本国憲法の下で、これまで77年間、戦争しない国を続けることができました。憲法前文と9条があったからこそ、他国の戦争に巻き込まれることもなく、国が引き起こした戦争によって誰も殺さず、殺されずに発展できたのは奇跡的なことです。

 

 戦前は、軍事と宗教と神権天皇制が三位一体となって軍国主義を推し進め、戦争に突き進んでしまいました。その反省から、憲法9条を規定し、政教分離、象徴天皇制を設けて、社会制度を大きく変革し、戦前からの連続性を断ち切ったのです。

 

 ところが戦前の制度や価値観が、再び復活しようとしているようです。確かに、私たちは憲法改悪を阻止し続けてきました。しかし、10年前の集団的自衛権行使の閣議決定、新安保法制法制定、相手国領土まで攻撃できる体制づくりをするための安保三文書の閣議決定以後、自衛隊は、専守防衛のための組織ではなく、戦争するための組織に変わってしまいました。装備、計画、訓練から遂には、指揮権まで在日米軍と一体化することをアメリカと合意し、武器をアメリカから大量に爆買いするために膨大な税金を使おうとしています。

 

 岸田首相はアメリカで約束した日米軍事一体化を実行するべく、国内において軍需産業の育成、殺傷能力のある武器の最たるものである戦闘機の第三国輸出まで解禁してしまいました。そして戦争する国になれば、自衛官にも戦死者が出ることを想定して、靖国神社に自衛官を顕彰するための施設としてその役割を復活させようとしているのです。

 

 戦前の軍隊気質が抜けない自衛隊で、「大東亜戦争」という、先の大戦がアジア解放のための正しい戦争であることを謳う言葉を公式SNSで使ったり、自衛隊幹部が靖国神社の宮司に就任したり、自衛隊幹部による集団での参拝が公然と行われたりしています。

 

 軍事費のGDP比2%がもたらすものは、この国の軍事優先、民衆の暮らしや命を後回しにする政策です。ここでも憲法25条の精神がないがしろにされています。憲法改悪、軍拡、格差による生活破壊に声をあげ続け、これに抗うことはこの国で生活する国民、市民の責務だと考えます。憲法は12条において、「この憲法が国民に保障する自由及び権利は、国民の不断の努力によつて、これを保持しなければならない。」と規定します。

 

 これまで憲法によって守られてきた私達は、今こそ、「われらとわれらの子孫のために」、憲法の破壊から憲法を守らなければなりません。今度は憲法を守る責任を果たさなければならないのです。そのような主体的行動を憲法は国民に憲法保障の一貫として期待しているのだと考えます。憲法が保障してくれている権利を徹底的に使い、憲法を破壊するすべての企てから憲法を守っていかねばなりません。

 

 私達には憲法があります。表現の自由があります。集会の自由があります。選挙権があります。それだけでもどれだけ幸せなことか。

 

 憲法はその前文で、自由のもたらす恵沢を確保するため、政府に戦争させないために憲法制定したと、その目的を掲げています。しかもそれは「われらとわれらの子孫のために」と言っているのです。77年前までの、戦争をし続けた日本に戻してはなりません。

 

 確かに憲法9条や13条は理想です。理想だからこそ、現実と食い違って当たり前です。そのときに現実に妥協して理想を引き下げるのではなく、理想の実現を目指して努力する課程、一瞬一瞬のプロセスそのものが大切なのです。

 

 他方で、憲法は理想であると同時に極めて現実的です。武力で平和はつくれません。これが現実なのであり、ウクライナの戦争、ガザの空爆を見れば容易に理解できることです。現実を見据えながら立憲主義と平和主義を取り戻さなければなりません。

 

 国民の意思と政治との間の乖離を埋め、憲法の理想と現実との食い違いを正していくためには、私たちが「正当に選挙された」(憲法前文)国会議員を通じて行動することが必要です。そのために不可欠なのが、人口比例選挙の実現です。

 

 どこに住んでいても、有権者の一票の重み、すなわち政治的発言力が可能な限り等しくなる人口比例選挙であって初めて「正当な選挙」といえます。現在は、国民の多数が選んだ議員が国会の多数を占めるという当たり前の状況が実現していません。

 

 たとえば、現在の衆議院では自民・公明の与党が全議席の約63%を占めていますが、そこに投票した有権者は約47%にすぎません。令和4年7月21日に実施された参院選では、有権者の40%で選挙区選出議員(146名)の過半数(74名)を選出しています。このように有権者の少数が国会議員の多数を選出してしまっていて、あたかも国会議員が主権者であるかのように振る舞う元凶となっています。国会議員主権など許されません。11ブロック制という人口比例選挙を実現する方法は現実にあるのですから、早急に主権を国民の手に取り戻さなければならないのです。非人口比例選挙によって選出された国会議員に憲法改正を発議する正統性はありません。

 

 憲法は未完のプロジェクトです。だからこそ、私たちが学び、考え、行動し、おかしいものにはおかしいと声を上げ続けることが必要なのだと思います。たとえ面倒でも、ものわかりのいい従順な愚民・臣民ではなく、物言う口うるさい、国民・市民でなければならないのです。そのためにも日々の法律の勉強は大きな意味があるはずです。

 




 

伊藤真塾長

伊藤 真

伊藤塾 塾長

司法試験・公務員試験対策の「伊藤塾」塾長・伊藤真の連載コーナーです。
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